ひとしきりCADを確認したあずさと五十里は、ようやく自分たちを見る他の人たちの視線に気づき、少し恥ずかしそうに頭を掻き下を向いた。
「ほんと啓はCADの事になると周りの事を忘れるんだから」
「ゴメンゴメン。でも、これは集中して見たくなるものだよ」
「ですよね。司波君が調整したCADは他の人が調整した物より最大限実力を発揮出来ると人気ですし、このCAD自体も珍しいものが多いからつい夢中になっちゃうんですよね」
「まぁ、お二人が魔工技師志望であるのは知っていますから、見たいなら別に構わないですけど……幹比古が呆気に取られてますよ」
CADを見にわざわざ風紀委員会本部に来るなんて考えてもみなかった幹比古は、ほぼ初めて目の当たりにしたあずさのCADオタクっぷりに口をポカンと開けたまま固まっていた。
「そうだ! 司波君、卒業記念に私のCADも調整してくれないかな?」
「中条先輩のCADは特殊ですし、専門の技師がいるのではないでしょうか? エリカのCADもそうですが、特殊なCADを弄る自信は俺にはありませんよ」
「そんなことないと思うけどな。この前エリカ君に見せてもらってけど、司波君が調整しても問題なく使えてたし、もっといえば、僕が調整した時よりもエリカ君が出す数値は高かったよ」
「それは単に、エリカの体調とかそういった面が影響していたのではないでしょうか」
「うーん、エリカ君が体調どうこうで変わるとも思えないんだよね……メンタルは若干弱い部分が見られるけど、体調管理はバッチリだから」
「啓、千葉さんの事良く知ってるのね」
不機嫌なオーラを醸し出している花音に、五十里は慌てて言い訳をする。
「ウチと千葉家とは結構な関係だし、エリカ君の事は昔から知ってるからね」
「別にいいけど、あたしといる時に他の女の子の話はしてほしくないかな」
「相変わらずだな、お前らは……人前だという事を忘れるなよ」
「なによ? 服部君は特定の相手はいないもんね。中条さんと一時期噂されてたけど」
花音の言葉に、服部とあずさがあからさまに慌てる。別にやましいことは無いのだが、この二人は根が真面目なので、こういった話題にめっぽう弱いのだ。
「あ、あれはそう言う事ではない!」
「そうですよ! あれは服部君に愚痴を聞いてもらってただけで、それ以上の事は何もなかったんです!」
「ほんとに~? 慌ててると余計疑いたくなるのよね」
「花音、服部君と中条さんに失礼だよ」
「じゃあ、吉田くんと柴田さんは? 付き合ってるって噂だけど、ほんとのところはどうなの?」
「っ!?」
蚊帳の外だろうと決め込んで書類に目を通していた幹比古が、何も飲んでいないのにむせた。彼もまたこういった話題が苦手な部類なので、仕方ないと言えばそれまでだろうが、反応があからさま過ぎたのが花音に興味を惹かせたのだった。
「やっぱり付き合ってるの? まぁ、吉田くんと柴田さんはお似合いだって思ってたし、互いに意識してるのバレバレだったしね~」
「つ、付き合ってませんよ!」
「えっ、ほんとに? 司波君と司波さん並に分かりやすいなーって思ってたんだけど、じゃあ告白もしてないんだ」
「あ、当たり前です」
「だらしないわね~。それでも男なの? 好きなんでしょ?」
「それは……」
「花音」
幹比古を追い詰める花音に、五十里がやんわりと止めに入った。
「吉田くんには吉田くんのペースがあるんだから、周りがとやかく言うものじゃないよ」
「でもさー! 見ててやきもきするっていうか、じれったいって思うのよね。互いに好き同士なんだから、振られるなんて心配もいらないわけだし、さっさと告白して付き合えばいいのにって思うのよ」
「今の関係で満足してるって事なんだろうし、次に進むタイミングは人それぞれだよ」
「そんなものかな……じゃあ啓、あたしたちは次のステップに進もうよ」
「次のステップ?」
花音が何を言っているのかイマイチ理解出来ていないのか、五十里は首を傾げそう問い返した。
「高校も卒業したわけだし、結婚しよ! それで、子供作ろうよ!」
「花音!?」
「ひゃ!」
「千代田、お前は……」
「………」
五十里は驚き、あずさは顔を真っ赤にし、服部は呆れた反応を示し幹比古は言葉を失ったが、達也は特に反応を示す事はしなかった。
「幹比古、この書類、数字が違うぞ」
「へっ? あ、あぁ……ほんとだ」
幹比古が落とした書類を拾い上げ、軽く目を通しただけでミスを見つけ指摘するほどの余裕を見せる後輩に、あずさと五十里は羨望の、服部は別の意味で呆れた視線を向けた。
「司波、お前は凄いな……」
「なんですか、急に」
「いや、なんかそんな風に思っただけだ」
「はぁ……」
服部に褒められた事が意外過ぎたのか、達也の反応もイマイチキレのないものであった。
「ところで、司波君は何時までその苗字なの?」
「正式に当主を継いで初めて四葉姓を名乗れるので、母上が隠居するまでですかね」
「へー、十師族って色々あるけど、四葉家は特別大変そうだよね」
「まぁ、秘密主義ですからね」
自分が爆弾を投下した事に気付いていないのか、花音は特に変わった様子もなく達也と会話している。達也も特に気にしてなかったので普通に返したが、あずさと五十里はまだ現実に復帰出来ていなく、忙しなく視線を彷徨わせていたのだった。
花音が若干暴走気味だったな……