卒業祝いとか銘打っておきながら、エリカはあまり卒業生たちと会話はしなかった。
「エリカ、壬生先輩とか三十野先輩とかと仲が良いんだから、少し話して来ればいいのに」
「別にいいわよ。もう会えないってわけじゃないんだし、巴先輩は桐原先輩と良い空気だしね」
「付き合いだしたばかりだし、それは仕方ないと思う」
「そうだね。桐原先輩も三十野先輩も周りを気にしないで話し込んでるからね。千代田先輩と五十里先輩みたいに堂々といちゃつかないだけマシなのかもしれないけど」
ほのかの一言に、深雪もエリカも同意してその二人に視線を向ける。
『はい啓、あーん』
『ちょっと花音。自分で食べられるって』
『いいじゃん! いつもこうやって食べさせてあげてるんだから』
『他の人もいるんだから、恥ずかしいってば』
『お前たちは常に恥ずかしいと思うぞ……』
『あら服部君。あたしと啓がラブラブなのをひがんでるの?』
『少しは周りを気にしろと言っているだけだ』
果敢にもあの空間にツッコミを入れている服部に、二年生グループは感謝と尊敬の念を込めた眼差しを向ける。自分たちも言えた義理ではないにしても、あそこまで堂々といちゃつく勇気はないので、花音の事を羨ましく思いつつも目に余ると気にしていたのだから、服部の行動は実にありがたいものであった。
「司波先輩」
「ん?」
卒業生たちに目を取られていた隙に、達也の隣に泉美が陣取っていた。泉美は婚約者ではないので抜け駆けにはならないが、ちょっと席を空けた隙に取られたのは非常に腹立たしいものがあった。
「今度の日曜日、水波さんとお出かけしたいのですが、予定は大丈夫でしょうか?」
「何故俺に聞く」
「水波さん曰く『達也さまが許可してくださるなら大丈夫』だそうなので」
「日曜か……特に予定はないし、急に入ったとしても水波の自由は変わらないようにするから問題ないぞ」
「そうですか、ありがとうございます」
一礼して元の席へ戻る泉美を見送り、一息吐こうとお茶を手にしようとしたら、その空いた席を狙って数人が突っ込んできた。
「……何してるんだ?」
「た、達也さんの隣を死守しようとしまして……」
「これは死活問題」
「それは大げさだと思うが……」
結局達也の隣にはほのかが座ることになり、残りの三人は正面だったりほのかの隣だったりに腰を下ろしたが、隙あらばという空気はまだ漂っていた。
「達也くーん! ちょっとこっちに来てくれないかなー」
別のテーブルで盛り上がっていた真由美から手招きされ、達也はやれやれと首を振りながらも腰を上げてそちら側へと移動する。
「達也さんが座ってた場所……って、それはさすがに業が深すぎる」
「ほのか、さすがにそれは私でもしないわよ」
「わ、分かってるもん!」
「何の話ですか?」
向こうの空気に耐えられなくなったあずさが、生徒会で一緒だった深雪とほのかの側に逃げてきた。そして特に気にした様子もなく達也が座っていた席に腰を下ろす。
「「あぁ!?」」
「は、はひぃ!? わ、私何かしましたか……」
「「い、いえ……何でもありません」」
「ちょっと深雪とほのかが過剰反応しただけです。中条先輩は悪くありません」
「そうそう。二人ともちょっと気にし過ぎだって」
おろおろと慌てるあずさに、雫とエリカがフォローを入れた。過剰に反応した深雪とほのかも、あずさに頭を下げ話題を変える事にした。
「中条先輩は逃げてきたんですか?」
「え、えぇ……五十里くんも千代田さんも悪気があるわけじゃないので仕方ないのですが、特定の相手がいない私には目の毒ですからね」
「相手がいないのは服部先輩も同じだと思いますけど」
「服部くんはああいうことに慣れてるみたいですから」
「えっ、服部先輩っていちゃつくのに慣れてるんですか?」
「そ、そっちじゃないですよ~! 五十里くんと千代田さんの行動にツッコミを入れる事にです」
エリカの確信的なボケにも、あずさは律儀に反応して、更に慌てた様子で訂正を入れる。先輩ながら小動物的な雰囲気を持っているあずさに、エリカはほっこりとした気分になっていた。
「啓先輩と千代田先輩の事は兎も角、中条先輩は恋人がほしいとか思わないんですか?」
「こ、恋人ですか!? ……少しは欲しいと思いますけど、私は異性と上手く喋れませんし……こんな見た目ですから年相応にも見られませんし」
「確かに。達也くんと一緒にいたら、中条先輩の方が年下に見えますね。まぁ、中条先輩に限らず、七草先輩や渡辺摩利だって年上には見られないでしょうけども」
「千葉さん、渡辺先輩と何かあったんですか?」
「別に何もありませんよ。ただウチの門下生だから呼び捨ててるだけです」
「そ、そうなんですか……」
何かあったのは間違いないが、これ以上聞こうとすれば自分が危ないと本能的に理解したあずさは、それ以上二人の関係を聞くことはしなかった。
「司波君って凄いですよね……」
「いきなりどうしたんですか?」
「いえ、私が慌ててしまっても司波君が落ち着いて対処してくれたり、ミスしても冷静に修正してくれたりと、ほんと、どっちが年上だか分からないですよね……」
まさかの自虐だとは思ってないかった四人は、なんと声を掛けていいか悩み、結局は愛想笑いを浮かべる事でこの場を切り抜ける事にしたのだった。
中身もでしたね……