劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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青木は駄目だな……


再びの依頼

 達也たちが生活する拠点を用意するために、真夜から命じられた青木を筆頭に四葉家の使用人たちが休みなく働いていた。

 

「何故私があのような男の為に働かなければいけないのだ」

 

「まぁまぁ青木さん。そんなことを奥様や葉山さんに聞かれたら大変な事になりますよ」

 

「我々は深雪様こそご当主に相応しいと思ってきた。それを真夜様の息子だか何だか知らないが、いきなり候補に上がりそのまま次期当主の座に収まるなど、図々しいにもほどがあると思わないか」

 

「ですが、非公式とはいえ新発田家の勝成様に護衛二人込みで戦われ勝っておられるので、次期当主としての素質は十分だと思いますが」

 

「素質の問題ではない! 何故あのタイミングまで黙っていたかが問題なのだ。真夜様には何かお考えがあったのだろうが、なら何故あのような護衛として扱わせていたのだ」

 

 

 つい昨日まで見下していた相手が、実は真夜の息子で、挙句には次期当主の座に収まったのだ。青木としては心中穏やかではいられない。

 

「ですが、達也殿は呼び方を改める必要は無いと仰られておりますし、当分は態度に関しては追及しないと仰ってくださったじゃないですか」

 

「当然だ。ヤツだって早々に口調を改める事が出来ずに苦戦しているのだから、我々にだけそれを課すわけにはいかなかったのだろう」

 

「そもそも青木さんは、達也殿が復讐なさると本気で思っているのですか? 人間関係に余りこだわりを持っていない達也殿が、青木さんの小さな嫌がらせ程度に」

 

「お前、随分と言うようになったな」

 

「達也殿の人望は、四葉家内でかなり高いと聞いていますから。現当主殿たちは複雑な思いを抱いているご様子ですが、次期当主の方々――文弥様は達也殿と懇意ですし、夕歌様、亜夜子様は達也殿の婚約者ですし、深雪様は最初から達也殿の方が相応しいと思われていたご様子。そして何より、真夜様がお決めになられたことを我々がとやかく言う権利などありませんので」

 

 

 同じ使用人に言われ、青木は面白くなさそうな表情をさらに面白くなさそうに歪め、それでも作業を続ける。愛梨たちや亜夜子の特殊編入の手続きや、工事の手続きなど、もうほぼ終わっている事の最終確認と真夜に報告するための書類のチェックなどの雑務が多いが、青木は文句を言わずに作業をこなしている。その辺りはさすが序列四位と言ったところか。

 

「そう言えば、今日は達也殿が真夜様に呼ばれているとかで、そろそろお見えになられるはずですね」

 

「ふん、あんな奴の顔など見たくない。恐らく向こうも私になど会いたくないだろうしな」

 

 

 ピクシーの一件やその他諸々達也にやり込められた過去を持つ青木は、出来る事なら会いたくないと思っているので、この日も出迎えには参加しないつもりだった。他の従者が騒がしくなっていく中、青木は黙々と課せられた作業をこなしていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前までならここまで盛大に出迎えられる事のなかった達也は、若干の違和感を拭いきれないままの表情で真夜の書斎へ案内された。

 

「応接間ではないのですね」

 

「達也殿は普通の来客ではございません故。本来なら私めがこのような口調で話しかける事など許されないお立場のお方、それを達也殿の好意で今まで通りの口調でお話しさせていただいているのです。達也殿はもう少しご自身のお立場を自覚成された方が良さそうですな」

 

「そうは言われましてもね……俺は四葉の影として一生を終えるつもりでしたので、表舞台に引きずり出されて間もない現状で、態度を改めたりするのは無理ですよ。そもそも、青木さんたちを苛めても面白くも何ともありませんので」

 

 

 達也の冗談に、葉山は思わず声を上げて笑ってしまった。

 

「いや、失礼……達也殿がそのような冗談を仰るとは思っていませんでしたので」

 

「割と本気なんですがね。青木さんたちは深雪を次期当主に推していましたし、またそうなるだろうと確信していたようですから、俺に敬意を払えと言われても急には無理でしょう」

 

「達也殿はお優しいですな。現に青木は態度を改めるどころか達也殿の陰口をたたいている始末。真夜様は厳しく罰するべきだと仰られておりますが、ご本人様がこれでは強く言えないと嘆いておられです」

 

「俺への態度は兎も角として、青木さんの能力は間違いなく四葉の為になります。多少我慢しても飼いならしておくべきだと思いますがね」

 

「そのとおりね、さすが私のたっくん」

 

 

 勢いよく扉が開かれ、達也の膝の上に飛び乗ってきた母親を、達也は呆れた視線で眺めた。

 

「葉山さん、母上を何とかしてください」

 

「私如き使用人が、真夜様をとやかく出来るはずがないじゃありませんか」

 

「ご謙遜を……葉山さんに出来ないのでしたら、この家の誰も出来ないじゃないですか」

 

「ですので、達也殿も諦めて真夜様のお戯れにお付き合いくださいませ」

 

 

 笑いをこらえている葉山に、達也はジト目を向けたが、この老執事に何を訴えても無駄だと諦め、視線を自分の膝の上で丸くなっている真夜へ向ける。

 

「母上、何か急用があるとお聞きして出向いたのですが」

 

「そうなのよ。私の名代として深雪さんと水波ちゃんと一緒に沖縄に行ってくれないかしら」

 

「沖縄? 慰霊祭に関係が?」

 

「さすがたっくん、話が早いわ。その式典の打ち合わせに参加してほしいの。参加と言っても話を聞いているだけで構わないから」

 

「……それで、本当の依頼は?」

 

「……葉山さん、例の書類を」

 

 

 葉山から受け取った書類に目を通し、達也は真夜の反応を見て書類を分解した。

 

「詳しい事は今見てもらった通り。何もなければ、沖縄を満喫してきてちょうだい。本当は私もたっくんとのバカンスを楽しみたかったんだけど、別件があってね」

 

「わかりました。それで……何時まで俺の膝の上に?」

 

「もうちょっとだけ」

 

 

 仕事の話が終わり、再び甘えだした真夜に、達也は若干の頭痛を覚えながらも好きなようにさせるのだった。




次回からまたIFです

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