劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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正確には敗者ではないですけどね


IF敗者復活ルート その1

 ついうっかり割ったカップで指を切ってしまったほのかの付き添いで保健室を訪れた達也だが、ほのかの怪我自体は大したことは無く、簡単な処置をして生徒会室へ戻っていった。だが達也は保険医の安宿怜美に捕まり、未だに保健室から移動出来ずにいた。

 

「あの、安宿先生……そろそろ引き留めた理由を教えてくれませんか? 俺だって一応まだ仕事が残っているので」

 

「嘘は駄目よ。貴方は早々に仕事を終わらせてるから、光井さんの付き添いに来たのでしょう? じゃなきゃ貴方が付き添った理由が無いもの」

 

「俺にだって人並みに婚約者を心配する心くらいあります」

 

 

 嘘である。達也が付き添いに選ばれたのは、ほのかが強く希望したのと同時に、怜美の言う通り仕事が終わっていたのが達也だけだったからだ。ピクシーに手当を任せようとも思ったが、達也以外の治療を頑なに拒否したため、軽傷と分かっていながらも保健室を訪れたのだ。

 

「婚約者ね……」

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ、私も立候補だけでもしておけばよかったと思っただけよ。少しお茶に付き合ってちょうだい」

 

「……それくらいでしたら」

 

 

 恐らくは愚痴を聞かされるのだろうと理解しながらも、逃げ出すのは難しいと判断して素直に誘いを受ける。この程度なら深雪たちも怒ったりしないだろうと判断しての事だが、後で何を言われるか分からないと、達也は内心ため息を吐いたのだった。

 

「それで、何故俺を誘ったのですか? 安宿先生の誘いなら、喜んで引き受ける男子が多そうですが」

 

「君じゃなきゃ意味ないもの。他の子じゃ勘違いされちゃうかもしれないでしょ?」

 

「そういった言動を取らなければ大丈夫だと思いますが……仮にも高校生なんですから、それくらいの分別はついて当然だと思いますし」

 

「年頃の男の子だもの。理性より本能の方が強い場合があるのよ。君にはなさそうだけど」

 

 

 慣れた手つきで二人分のお茶を用意して、達也より先に自分が口を付ける。達也に対して毒物など効果がないと薄々気づいているとはいえ、疑われているのは分かっているので安全だというアピールを込めての行動である。

 

「そんなに疑り深い目で見ないでよ。何も入ってないんだから」

 

「性分なものでしてね」

 

 

 目礼で謝罪し、達也は怜美の淹れたお茶に口を付ける。保健室に本格的なお茶の道具があるとは思っていないので、味に関しては文句はつけなかった。

 

「それで、いったいどんな愚痴を聞かされるのですか?」

 

「最近小野先生がしょっちゅう誘ってくるのよね……同じ独り身だからってそう毎晩のように二人きりでお酒を飲むのは大変なのよ」

 

「なら、そのように小野先生に言えばよろしいのでは?」

 

「言ってるんだけどね……彼女も君の事が好きみたいだし、諦めがつかないようなのよね」

 

「ですから、母上に直訴してくださいと申し上げたはずですが」

 

「どう頑張ったって、私や小野先生の立場じゃ、四葉家当主にコンタクトなんて出来ないわよ。担任でもない限り保護者にお目通り願うなんて出来ないわけだし」

 

 

 笑顔を浮かべているが、怜美の視線には非難の色が色濃く見える。だが達也はそれには気づかないふりをしてお茶を飲み続ける。

 

「なんとかならないのかしら?」

 

「前にも申し上げましたが、特例を認める訳にはいきません。候補から外れた人たちが『ならもう一度』と言ってくる可能性もありますし」

 

「なら、選定に落ちた人を除いて追加の募集をかければ――」

 

「今何人の婚約者がいるか分かってるんですか? いくら政府が特例を認めたとはいえ、他の男性魔法師が暴動を起こしかねませんって」

 

「でも、優秀な女性魔法師が一生独身でいるよりはいいんじゃない? 君より優秀な男性魔法師が、いったいどれだけいるか分からないんだから」

 

「俺はそこまで優秀ではないつもりなのですが」

 

 

 実際まだ本来の魔法力を制御出来ていないので、達也は自分の事を優秀な魔法師だとは思っていない。それでも将輝くらいには楽に勝てるだけの実力はあるのだが、その場合将輝の生死が危ういので戦う事は避けたいと思っているのだが。

 

「なら、やっぱり頑張って四葉真夜さんに会うしかないのね……」

 

「母上に会うには、それなりの覚悟と自身の命を懸けるつもりでないと駄目でしょうけどね。十師族に名を連ねる家の長なのですから、護衛もかなりの数いますし」

 

「そうね……頑張ってみるわ」

 

 

 真夜の護衛など大していないのだが、これくらい脅しておけば諦めもつくであろうと考えた達也は、何を頑張るのかと内心思ったが、特に声に出すことはせずに立ち上がった。

 

「では、俺はそろそろ戻ります。お茶、ご馳走様でした」

 

「別にいいわよ、ティーパックなんだし」

 

「いえいえ、ご馳走になったからには、きちんとお礼は言わないと駄目でしょう」

 

「さすが、育ちがしっかりしてるわね、貴方は」

 

「認められていなかったとはいえ、それなりの教育は受けてきましたから」

 

「認め……? 何の話かしら?」

 

「気にしないでください。大した意味はありませんので」

 

 

 特に焦った様子もなく保健室を後にした達也を見送りながら、怜美は最後の言葉に引っ掛かりを覚えていた。

 

「認められていなかった……いったい何を?」

 

 

 考えても答えが出ないと分かっていながらも、怜美はしばらくその事で考え込んでいたのだった。




前にやらなかった人たちから話を作るのは大変です……

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