魔法協会関東支部に呼び出されたのは良いが、いったい何の用事なのか見当がついていない達也は、何か裏があるのではないかと疑いながらも受付に名を告げて中へと入っていく。ちなみに、何の用件か分からなかったので深雪は水波に任せ家で留守番をさせている。
「いったい何の用だ……沖縄の件はこの間本家で聞かされたが、追加事項でもあるのだろうか」
ここに呼び出されるという事は、何か任務がらみなのだろうと疑ってやまない達也は、難しい顔をしたまま最上階へと向かうエレベーターへと乗り込むが、扉が閉まる直前に誰かが駆け込みで乗り込んできた。もちろん、達也はそれが誰かを気配で理解していた。
「ま、間に合った……って、あれ? 達也くんじゃない、どうしたのこんなところで」
「七草先輩こそ。淑女が駆け込みなんて」
「だってこのエレベーター、一回乗り過ごすと大変なんだもん」
「隣にあるでしょうが」
「あっちは直通じゃないから」
最上階まで直通のエレベーターはこの一台だけで、残りは途中で乗り換えなければ最上階まで行くことが出来ない。その為駆け込んできたという真由美の言い分は分からなくはないが、そこで達也は疑問を覚えた。
「七草先輩も最上階へ? 今日は四葉が使うはずだと聞いていますが」
「そうよ? でも、四葉家が単独じゃなくて、我が七草家も使用する事になってるの。そもそも、ウチのタヌキオヤジが四葉家を招待して、関係修復に努めようとしてるのよ」
「その件は、七草先輩と香澄が四葉家に嫁ぐことで解決したのではないのでしょうか?」
達也の問いかけに、真由美は不服そうに頬を膨らませ達也を睨み上げる。
「なんでしょう?」
「達也くん、相変わらず私の事は名前で呼んでくれないのね」
「特に理由があるわけではありませんが、こっちの方が呼びやすいので」
「でも、リンちゃんの事は名前で呼んでるらしいじゃない? 不公平よ」
鈴音からすれば、達也と頻繁に会っている真由美の方が不公平だと思っているのだが、互いにないものねだりなのだろうと達也は解釈した。
「不公平と言われましても……では、なんと呼ばれたいのですか? 参考までにお聞きしておきますが」
「そうね……ここは思い切って呼び捨てなんかどうかしら? 何だか恋人っぽくない?」
「さぁ、どうなんでしょうね」
真由美の提案をさらりと流し、達也はさっさとエレベーターから降り会議室へと向かう。
「ちょっと! 置いて行かないでよ達也くん」
その背中を追いかけ、隣に立ち腕を絡めようとした真由美だったが、扉の向こうから物凄い殺気を感じて腕を引っ込める。その殺気に、達也は苦笑いを浮かべた。
「遅かったですね、達也君」
「まだ時間前だと思いますが」
「でも、君の事だからもう少し早くに来てくれると思ってたのに」
「深雪を留守番させるのにてこずりまして。用件が分からない以上連れてこれないという事で納得してもらいましたが」
「深雪さんらしいわね」
「ところで、殺気の持ち主はどちらに?」
真由美は目の前の女性が殺気の持ち主だと思っていたが、どうやら違うらしいと達也の問いで気づき、部屋を隅々まで見回した。
「奥様なら、隣の部屋で七草殿と会談中です。かなり不機嫌なご様子でしたが」
「ウチのタヌキオヤジが申し訳ありません。えっと……?」
「桜井です。桜井穂波と申します、以後お見知りおきを、七草真由美さん」
「桜井…さん? 水波ちゃんのお姉さんですか?」
「遺伝子上は叔母という事になっています」
「どういう事なの?」
達也を見上げ説明を求めたが、達也は首を横に振って答えてはくれなかった。
「少し近すぎますね。いくら婚約者とはいえ、節度ある交流をお願いします」
「少しくらいいいじゃないですか」
「駄目です。特に奥様の前でそのような行動を取られましたら、貴女が七草家のご令嬢だろうが関係なく消されますよ?」
「いくらなんでも消しませんけどね」
穂波の脅しに、達也がすかさず真由美へのフォローを入れる。穂波が言う「消す」というのは、文字通り存在が消される事であり、そんなことが出来る魔法師はこの世に一人しかいない。
「わ、分かりました」
穂波の演技とは思えない迫力に気圧され、真由美は達也との距離を取った。それでも手が届く範囲にとどまったのは、真由美の気持ちの表れなのだろう。
「お待たせしました。今日はわざわざご足労かけて申し訳ありません、達也さん」
「いえ、母上。七草殿もご無沙汰しております。こうしてお話しするのは初めてですね。四葉家次期当主、司波達也です」
「わざわざご丁寧に。七草家当主、七草弘一です」
初対面ではないが、互いにちらっと顔を見ただけの関係なので軽く挨拶を交わし、真夜は達也の隣へ、弘一は真由美を隣に座らせて会談がスタートする。
「それで七草殿、わざわざ私の息子まで呼び寄せてどのようなご用件でしょうか?」
「まずは四葉殿のご子息へお詫びをと思いましてな。我が部下名倉の仇を取ってくれた事へのお礼もせぬまま今日まで、誠に申し訳ない。そして、娘の我が儘を聞いてくれたそうで、親として感謝申し上げます」
「いえ、こちらもついででしたので」
「それから、周公瑾の件では多大なる迷惑をかけ、反魔法師運動の際にも尽力していただき、十師族の一員としてお礼を申し上げる」
「随分と上からですね、七草殿。裏で手を引いて昨年の春先に我が家を陥れようとしたこと、まさか知られていないとでもお思いですか? 我が息子達也は、我々四葉家の中でもかなりの情報網を持っていますので、裏で貴方が手を引いていた事などお見通しです」
「それでも、お詫び申し上げるべきだと思いお呼びしたのです」
態度が大きいと真夜に指摘され、弘一は奥歯を噛みしめながら深々と頭を下げる。
「穂波さん、達也さんにお茶を。それと、あちらのお嬢さんにも」
「かしこまりました」
穂波にお茶の用意をさせる間、真夜は無言で弘一を睨みつける。達也だから問題なく解決まで進めたが、他の人間なら間違いなく躓いたであろう事をしておきながら、これで許してもらおうという弘一に魂胆が気に入らないのだった。
「顧傑捜索の際も、智一さんをトップに据え、手柄を横取りした件も調べがついているのですが?」
「……重ね重ね申し訳なく思っています」
今は耐える時だと自分に言い聞かせ、弘一はさらに深く頭を下げ真夜と達也に謝罪の言葉を述べるのであった。
平謝りするしかない弘一……