要件を済ませて帰宅した達也は、予想外の来客の気配を感じ取り深いため息を吐いた。彼女と深雪は表面上は仲が良いのだが、遺恨が残っているためにその内側では何を想っているか達也でも計り知れないのだ。
「いったい何の用だって言うんだか……」
玄関前でそう呟き、達也は重い足取りで帰宅する。
「お帰りなさいませ、達也さま」
「水波、響子さんはいるのは良いのだが、何故リーナまで」
「サプライズだそうです」
「相変わらずか……」
リーナは普段しっかりしてる風を装ってはいるが、その中身は非常に残念で、エリカ曰くポンコツという評価すら上がっているくらいなのだ。
「お帰りなさい、ダーリン」
「何だその呼び方は……」
「嫌?」
「深雪と響子さんからただならぬ殺気が漏れているから、自分の身を守りたいなら止めた方が良いぞ」
「ミユキは兎も角、キョウコからも?」
深雪の殺気はリーナでも感じ取ることが出来たが、響子の殺気には気づいていなかったようで、慌てて響子の方に振り返ると、感情を窺わせない笑みを浮かべていた。
「とりあえず、響子さんは用事があって来てるわけだが、リーナは本当に何しに来たんだ?」
「最近会えてなかったから、いきなりきて驚かせようと思ったんだけど、まさか不在だったとはね」
「来てもいいが、一応アポは取ってくれ……」
深雪から物凄い視線を向けられているにも関わらず、リーナは全く動じないで達也にすり寄ってくる。彼女たちの背後には、ハラハラしているミアと、深雪たちと同じ気持ちを抱いているであろう水波が待機しているが、誰一人リーナに味方しようとする事は無かった。
「さて、響子さん」
「何、達也君」
「聞かれるとマズい事もありますので、とりあえず地下室に行きましょうか。リーナはそろそろ離れろ」
「まだ一分もくっついてないわよ」
「重要な話があるんだ。お前にも無関係ではないが、聞かせることは出来ないんだから」
「ほらリーナ。達也様が迷惑がっておられるんだから、いい加減離れなさい」
「そうですよ、リーナ様。こんなことを真夜様のお耳に入れられたら、婚約は解消されUSNAに強制送還されるおそれがありますよ」
「仕方ないわね……その代わり、後で思いっきり甘えてやるんだから」
「いい加減帰ったらどうかしら? そもそも婚約者だからといって、いきなり部屋を訪ねるなんて、随分と失礼な事だって分かってるのかしら?」
「ミユキの方こそ、他の婚約者の気持ちが分からないのかしら? 兄妹だって思い込んでいた時は仕方なかったけど、今は従兄妹なのだから少しは自重しなさいよね」
深雪とリーナが口論を始めたのを見て、達也は水波に後処理を任せ地下室へ続く階段へと向かい、響子も達也の後に続いた。残された水波とミアは、互いの主に視線を向け、同じタイミングでため息を吐いたのだった。
達也とは長い関係だが、この地下室に入るのは初めての響子は、中央官庁レベルの設備に驚きを示した。
「あるとは聞いていたけど、実際に見ると凄いわね」
「後で調整でもしますか?」
達也にしては珍しく冗談を言ったつもりだったのだが、響子はそれを本気だと受け止め、少し恥じらいながら頷いた。
「お願い出来る?」
「構いませんが、響子さん特有のスキルに関係してる起動式は弄れませんからね」
「分かってるわ。そこを達也君に見られちゃったら、私の存在理由が無くなっちゃうもの」
「それ以外にも色々あると思うのですが……まぁ、その事はさておきまして」
本題に入るべくそう言ったのだが、響子は若干ショックを受けている感じだったので、達也は大きく咳払いをして響子を正気に戻した。
「そうだったわね……まずは報告だけど、USNA軍は大人しくシールズさんの身柄を日本に渡すつもりは無かったわね。秘密裡に日本に攻め入る準備をしていたようだけど、四葉さんのお力で平和的に解決したわ」
「誰から見た『平和』なのかはさておき、いざこざが起きなかっただけ上等でしょうね」
「それから、シールズさんは戦略級魔法師だという事を公表してあるけど、それはあくまでアンジー・シリウスとしてであり、四葉家に嫁ぐのはアンジェリーナ・クドウ・シールズさんという事になってるわ。だから、表向きは日本に戦略級魔法師が増える事はないわ」
「事情を知ってる人間からしたら、そんな事で折り合いがついたわけないと思うのですが、色々と骨を折っていただいたのでしょうね」
「まぁ、その辺りも四葉の力で何とかなったんだけど」
「交渉は響子さんが?」
「一応血縁者ですしね。同じ婚約者でもあるし、私は達也君の事情もある程度知っているわけだし」
ウインクして見せる響子に、達也は静かに頭を下げた。
「わざわざお手数をお掛けしました。本来なら四葉家が片づけるべき案件をお手伝いいただき、誠にありがとうございます」
「気にしなくていいわよ。そのお陰で四葉さんにお目通りも出来たし、少しだけど恩を売ることも出来たから」
「九島烈の件で、九島家は母上に弱みを握られてますからね……ですが、響子さんはあまり関係ないのでは?」
「あんな人でもお祖父様だし、十師族を外されたとはいえ二十八家には変わりないのだから」
「響子さん個人に恩は感じても、それがイコールで九島家に恩を感じる事にはならないと思うのですが」
「それでいいのよ。何かあったら、私は九島家とは関係ない事にしてもらうためだから」
笑顔で黒い事を言ってのけた響子に、達也は苦笑いを浮かべたのだった。
「人の事を黒いだのなんだの散々言ってますが、響子さんだって大概だと思いますが」
「私は達也君より長い時間を生きてるからいいのよ。それに君はまだ高校生でしょ? あそこまで黒い事を平気で言える年齢じゃないのは確かなんだから」
「前にも言いましたが、年齢ではなく経験だと思いますがね。それでは、測定でもしますか」
冗談では済まなくなったのは感じ取っていたので、達也は響子に測定器に寝るよう指示する。もちろん、響子は服はすべて脱いで寝転んだのだった。
ライバル関係ですし、仕方ないのかもしれませんがね……