魔法大学のカフェテリアで、真由美は鈴音に相談を持ち掛けていた。
「どうしたら達也くんに名前で呼んでもらえるのかしら……リンちゃんは自然に移行していたけど、どうやったら変えてもらえたの?」
「そんなこと言われましても……ごく自然に変わっていたので、特に私が何かをしたわけではありませんので」
「羨ましいわね……私なんて未だに『先輩』扱いなのに」
「私からすれば、真由美さんのように自然に司波君の事を名前で呼べている方が羨ましいのですが……司波さんもたまに言いにくそうにしているのに、真由美さんは最初から名前で呼んでいましたし」
「そっちは簡単に出来ると思うのよね……自分が覚悟を決めれば呼べるわけだし。でも、達也くんに呼んでもらうとなると、こっちが覚悟を決めても意味がないのよね……」
盛大にため息を吐いた真由美の視界に、あまり見たくない女性が入ってきた。既に大学院へ進むことが決まっているので用事は無さそうな相手だが、別にいても不思議はない相手なので、真由美は嫌そうな感じを出さずに会釈で済ませるつもりだった。だがその相手は、何処から聞いていたのか分からないが二人の会話に割って入ってきた。
「達也さんに名前で呼んでもらいたいなら、普通にお願いすればいいじゃない。余程の事がない限り、達也さんは呼んでくれると思うけど……まぁ、七草さんは『余程の事』があるから無理かしらね」
「そんなことありませんけどね、津久葉先輩。そもそも、貴女は私と達也くんの関係を知っているのですか?」
「当然でしょ? ご当主様から色々と聞かせていただいたもの。達也さんを振り回そうとして、結局空回っちゃったことや、散々迫っているというのにまったく相手にされなかった事とか、その他色々ね」
「達也くんが異性に迫られたからって何もしないのは、津久葉先輩だってご存知のはずですよね。仮にも四葉一族なのですから」
「まぁね。でも私は達也さんとキスした事あるわよ」
夕歌の発言に、真由美だけではなく鈴音までもが驚きの表情を浮かべた。
「た、達也くんとキスっ!? それ、嘘じゃないですよね!?」
「達也さんに聞いてもらってもいいわよ?」
「ぐぬぬ……」
「真由美さん、淑女がしてはいけない表情をしていますよ」
「だって!」
真由美の動揺っぷりをみていくらか冷静さを取り戻した鈴音が真由美の表情を指摘するが、自覚してもなお真由美は表情を改めようとはしなかった。
「七草さんはお姉さんキャラを保とうとしてるみたいですけど、達也さん相手にそれは無謀だと思いますけどね。私だって同い年かそれ以下にしか周りから思われないというのに、子供っぽい七草さんはもっと無理ですから」
「そ、そんなことありませんよ! 私は達也くんより年上ですし、ちゃんと見る人が見れば――」
「残念ですが真由美さん、私も津久葉さんの意見に賛同します」
「そんな、リンちゃんまで……」
あっさりと鈴音にまで裏切られ、真由美はその場に崩れ落ちた。そんな真由美にとどめを刺すかのように夕歌が口を開く。
「達也さんより十歳近く年上の藤林さんですら、達也さんと同年代に見られるわけですから、七草さんにはお姉さんキャラは無理だと思いますけどね」
「まぁ確かに、司波君は見た目はそれほどではないにしても、纏っている空気が高校生には思えませんからね。態度といい口調といい、大人の世界にいる方が自然な感じすらしますので」
「それは私だって分かってるんだけど、じゃあ私と達也くんの関係はどうだっていうのよ」
鈴音に詰め寄り、真由美は自分と達也の関係はどう見えるのかを問いただす。接近された鈴音は、両手を前に出し真由美を落ち着かせ、少し考えるそぶりを見せてからはっきりと答えた。
「仲の良い兄妹ですかね」
「姉弟か……」
「いえ、兄妹です」
「って! 何で私が妹なのよ! 私、達也くんよりお姉さんなんだけど?」
「先ほど津久葉さんが仰られていた通り、司波君の雰囲気や言動と真由美さんのそれを比べた場合、どう見ても司波君の方が年上だと感じさせるものがありますし、真由美さんの司波君に対する態度は、姉というよりも妹と言った方がしっくりきますから」
「そんな事ないわよ! 私、深雪さん程達也くんに甘えたりしてないわよ!」
「あのお二人の関係はまた違いますので」
自分が妹だと言われ、真由美はショックを隠せずにいる。自分ではお姉さんぶってきたつもりだったのだが、その行動が妹っぽいと鈴音に思われていたことは、周りが思っているよりもはるかに真由美にショックを与えていたのだ。
「大丈夫ですか?」
「……決めた!」
「何をですか?」
凹んでいたと思ったら急に立ち上がり何かを決心した様子の真由美に、鈴音はとりあえず決意の内容を尋ねる。恐らくろくなことではないのだろうと理解していながらも、一応確認しておかなければという鈴音の真面目さがそうさせたのだ。
「頑張って達也くんにお姉さんだって認めてもらえるようにする!」
「お姉さんは良いですが、私も真由美さんも婚約者なのですよ? 姉でいいんですか?」
「あっ……」
姉では婚約者よりだいぶ下であると気が付き、立ち上がったのが恥ずかしく感じたのかゆっくりと腰を下ろした真由美は、再び机に突っ伏してしまった。
「どうすればいいのよ……」
「幸いこの後司波君と会う予定があるのですから、司波君と一緒に考えれば良いではありませんか」
「会うと言っても、達也くんが津久葉先輩に呼ばれて、そのついでに私たちにも会ってくれるってだけじゃない」
「仕方ありませんが、津久葉さんは司波君の血縁者ですので、私たちより会うのが簡単なのですよ」
「不公平だと思うけど、深雪さんと比べれば大分マシなのよね……」
「何せ一緒に住んでるわけですから」
四葉家が用意する住居が完成すれば、自分たちも達也と同居出来るわけだが、現状は深雪の一人勝ち状態が続いているので、それと比べれば夕歌のアドバンテージは可愛いものだと思えるが、簡単に達也と会う事が出来るということは、真由美からすれば羨ましいのである。そこらへんも、真由美が夕歌を敵視する理由なのかもしれない。
鈴音と夕歌は、間違いなくお姉さんキャラですがね……真由美はイマイチ保ててない気がしてなりません……