夕歌に呼び出された達也は、特に緊張することなく魔法大学の敷地内へと入っていく。普段であれば関係者以外の立ち入りを厳しく取り締まっているのだが、今は春休みで尚且つ四葉家が裏で手を回したので達也の事を呼び止める警備員もいないのである。
「あっ、達也さん。わざわざありがとうね」
「それは構いませんが、俺に見せたいものというのは?」
「こっちこっち」
夕歌に引っ張られるがままに連れられる達也という構図は、彼を良く知る者から見れば非常に珍しいものである。普段は彼が先頭となり、無言で他の人を引き連れるイメージが強いので、引っ張られている達也を見られるのは、ある意味得した気分になれるのかもしれない。
だが、夕歌と同じ立場の人間からしてみれば話は別である。自分は達也に引っ張られるだけなのに、彼女は達也の事を引っ張っていくのだから。
「やはり血縁というのは大きなアドバンテージとなるのでしょうね」
「必ずしも血縁が強いってわけでもなさそうだけどね。深雪さんは達也くんを引っ張るというよりも、引っ張ってもらう方が良いんだろうし」
「司波さんは長年妹として過ごしてきてましたから、司波君を引っ張るという気持ちは無いのでしょうね」
「それにしても、津久葉先輩は達也くんをどうするつもりなのかしら……気になるわね」
「尾行するつもりならおやめになった方が良いと思いますよ。司波君は気配に敏い方ですから」
「そうなのよね……達也くんを追いかけたところで、バレて怒られるか撒かれるかのどっちかだものね……」
「後で会うのですから、気になるのならそこで聞けばいいじゃないですか」
「じゃあリンちゃんが聞いてよ」
自分で聞く勇気がない真由美は、鈴音に任せようとしたが、鈴音は首を横に振って拒否を示した。
「真由美さんが気になっている事を、何故私が聞かなければならないのですか」
「リンちゃんだって気になるでしょ! 私よりリンちゃんの方が表情に出ないし、達也くんも疑わないだろうしさ」
「ご自身が疑われているという自覚がお有りなのでしたら、少しは改善したらどうでしょうか」
「何で疑われてるのかが分からないんだから、改善しようがないでしょうが」
「過去ご自身がしてきたことを省みれば自ずと分かるのでは?」
「うーん……どれも達也くんが警戒するほどではないと思うんだけどな……」
「心当たりはあるのですね」
確証は無さそうだが、いくつかは心当たりがありそうな真由美に、鈴音はため息を吐きながら二人が消えていった方へ視線を向ける。
「やっぱりリンちゃんだって気になってるんじゃない」
「そ、そんなことはありません!」
真由美に図星を突かれ、鈴音は必要以上に大きな声で否定をし、周りからの注目を集めたのだった。
真由美と鈴音が自分たちの事を気にしているなど全く思っていない達也は、連れられるがままに魔法大学の図書室までやって来ていた。
「ここよ」
「魔法大学の図書室に何があるというのです?」
「達也さん、来たいかなと思って」
「まぁ、ここにしかない資料も多くありますし、来てみたいとは思っていましたが」
わざわざ休日に仮にも婚約者を連れて来る場所としては不自然だと思い、達也は疑いの目を夕歌へ向ける。
「本当はこういう静かな場所で二人きりになりたかったってのもあるんだけどね」
達也の視線を受け、夕歌はあっさりと本音を白状した。確かに外では騒がしい場所が多いし、達也は何かと有名になってしまったので、彼を知る魔法師がひそひそと話しているのが聞こえてしまう。
その点からすれば、確かに魔法大学内であれば達也の事を知っていてもひそひそと話す人間は少ないだろうし、ましてや図書室は基本的に私語厳禁な場所である。静かな雰囲気を二人で楽しむにはこれ以上の場所は無いと言ってもいいだろう。
「今日は人もいないし、少しくらいお喋りしても怒られないしね」
「だからといって、七草先輩や鈴音さんに見せつけるようにしなくてもよかったのではないでしょうか?」
「あの二人、私と若干ポジションが被ってるからね。ライバルには差を見せつけておかないと」
「何のライバルかはあえて聞きませんが、夕歌さんはあの二人とは比べ物にならないくらいの時間というアドバンテージがあるではないですか」
「でも、あの二人のように濃い時間は過ごしてないわよ。ただ一緒にいただけで、過度の接触は禁止されていたから。それが達也さんの封印を誤って解かないようにという配慮だったと最近知ったんだけどね」
「夕歌さん、子供の頃からべったりでしたからね」
まだそれほど厳しく接触が禁止されていなかったころ、夕歌は達也の頬に口づけした事があった。それから真夜と津久葉冬歌との間で話し合いがもたれ、達也と夕歌の過度の接触を禁じ、その結果少し疎遠になりつつあったのだった。
「薄く関係は続いていたとはいえ、あの二人のように傍で過ごしてきたわけじゃないのだし、時間なんてものはアドバンテージにならないわよ」
「それほど気にする事ではないと思うのですが、俺には女性の気持ちは分かりませんからね」
「達也さん、他人の気持ちなんて気にしないでしょ?」
「まったく気にしないというわけではないのですがね。すぐにどうでも良いと割り切ってしまうので、気にしてないのと同じかもしれませんが」
「まぁ、達也さんはそういう風に変えられちゃったから仕方ないけどね」
達也に何がされたのかを知っている夕歌としては、達也に必要以上求めるという気持ちはない。だが、少しくらい気にしてくれてもいいのにとは、他の婚約者同様思ったりはするのだ。
「一応は気に掛けてるつもりなのですが」
「女の子は一応じゃ納得してくれないものなのよ。女性は兎も角ね」
その違いは何だとは、達也は尋ねなかった。少なくとも夕歌は女性で、真由美は女の子という考えは、達也にも理解出来るからである。その後二人はゆっくりと本を読みながら、真由美たちとの約束の時間までを過ごしたのであった。
静かな場所は良いですよね