生徒会の仕事もなく、風紀委員もローテーションで見回りをしているが、今日は担当ではなかったので、ほのかと雫は久しぶりに街に出て遊ぶことにした。もちろん二人きり、ではなく婚約者の達也も一緒にだ。
「達也さん、何処に行きましょうか」
「たまには達也さんの希望を聞きたいかな」
完全に懐いている子犬のようなほのかと、気まぐれな子猫のような雫に挟まれ、達也は辺りを見回しよさそうな店を探す。
「あっ、雫! あのお店ケーキバイキングやってる!」
「達也さん、あそこで良い?」
「あぁ、二人がそこが良いなら構わないぞ」
達也の意見を尊重するつもりだったが、ほのかも雫も甘いものの誘惑には勝てず、結局は自分たちが行きたい場所へと達也を連れて行く。達也も甘いものは嫌いではないが、食べ放題と言われてもそんなに食べる方ではない。もちろんほのかや雫だって、十個や二十個食べるわけではないのだが、やはり女の子は甘いものに目が無いのだろう。
「あれ、エリカ」
「ん? ほのかに雫に……達也君!?」
「わぁ! 皆さんもおそろいでケーキですか?」
「そんなところだ。エリカは美月と一緒に来たのか」
「本当はレオかミキでも捕まえて奢らせようとしたんだけど、生憎二人とも都合が悪かったのよね……でも、達也君が来てくれたし、せっかくだから奢って?」
「エリカちゃん、図々しすぎだよ……」
「別に構わないが、そんなに食べて大丈夫なのか?」
エリカの皿には、既にケーキが三個乗っている。美月はとりあえずという事で一個だが、これで終わるとは当然思えない。
「平気だって。食べたら動けば問題ないし、甘いものは別腹って昔から言ってるでしょ?」
「本当に別腹があったら怖いが、平気なら特に何も言わん」
「せっかくだし深雪も――って? 達也君が深雪と別行動って珍しいね」
「深雪は今日、母上や四葉家の人たちと出かけている。水波もその付き添いだ」
「達也君は呼ばれなかったの?」
「男の俺が呼ばれるわけないだろ。女性の集まりだぞ」
「そうなんだ。じゃあ深雪に遠慮することなく達也君に甘えられるのね」
「エリカちゃん……」
周りの目を気にしながら美月がエリカの事を宥めようとするが、エリカはお構いなしに達也の側にすり寄り腕を組んだ。
「何時もはしたくても深雪の目が怖かったからね」
「でも最近は深雪も我慢してくれてるんだよ?」
「私が膝の上に乗っても、一瞬しか反応しなくなったし」
「むしろ私の方が反応しちゃってるしね」
いつの間にかケーキを取ってきたほのかと雫も会話に加わり、一気に華やかな空気へと変わっていく。そんな中でも達也はいつも通りの雰囲気で、ケーキではなくコーヒーを飲んでいた。
「達也さんは食べないんですか?」
「俺は普通に一個で十分だからな。美月も気にせず食べて良いぞ」
「いえ、婚約者の三人は兎も角、さすがに私は自分で……」
「甘えちゃいなよ、美月。どうせミキは奢ったりしてくれないんでしょ?」
「そもそも二人で出かけた事あるの?」
「あっ、それは私も気になるかも」
「ちょっと、何でみんなそんなに食い気味なの……」
話題の中心になってしまい、美月は戸惑いながら助けを求め達也へ視線を向けたが、エリカと雫がその視線を遮りさらに追及していく。
「そもそも付き合ってるの?」
「てか、両想いなのは明らかなんだから、いい加減付き合った方が周りの精神衛生上いいと思うだけど」
「美月は地味に人気高いから、吉田くんと付き合ってないと分かったらアタックしてくる男子がいるかも」
「どうせ大半はこの大きい胸目当てなんでしょうけどね!」
「きゃっ! エリカちゃん!!」
他の客もいる中、エリカは美月の胸を鷲掴み悲鳴を上げさせる。
「アンタ、また大きくなってるんじゃない?」
「ちょっと、エリカちゃん……」
徐々に抵抗出来なくなってきてる様子の美月に、雫が恨めしそうな視線を向け、ほのかの胸を鷲掴みにする。
「ちょっ!? いきなり何するの!」
「ほのかも負けてない……」
「ちょっ…いや……」
「エリカも雫もそれくらいにしておけ。健全な青少年が店からいなくなってしまったぞ」
バイキング以外にも普通に営業しているため、同年代の男子がいても不思議ではなかったが、二人の美少女が胸をもまれる場面に遭遇して何の反応も見せないのは達也くらいだろう。
「ほんと、男子って単純よね」
「自分で揉む妄想でもしてたのかな」
「あんまり店に迷惑をかけると出入り禁止にされるぞ」
「そんなことは無いと思うけど、エリカも雫もやり過ぎだよ!」
「そうですよ! だいたいエリカちゃんだって小さくないでしょ」
「それは私のは小さいと言ってるの?」
「あっ、そういうわけでは……雫さんだって成長してると思いますよ?」
「何で疑問形?」
何時もの如く、言えば言う程ドツボにハマっていく美月に、エリカとほのかは噴き出した。
「まぁまぁ雫、俗説によれば、好きな人に揉んでもらえば大きくなるっていうし、ここは達也君に揉んでもらえばいいじゃない」
「別にいい。達也さんは大きさとか気にしない人だから」
「もう……三人とも恥ずかしくないんですか?」
涙目で訴える美月を完全に無視して、三人はおかわりを取りにケーキ置き場へと向かう。
「美月も食べて忘れたらどうだ?」
「達也さん、どうして助けてくれなかったんですか?」
「美月を助けるのは俺の役目ではなく幹比古のだからな」
「達也さんまでそんなこと言うんですか……」
「純粋にお似合いだと思うからそう言ってるだけで、別に他意はないぞ」
自分の味方はこの場にはいないと理解した美月は、結局自棄でケーキを七個完食し、店を出る時に吐き気を催したのだった。
「さすがに食べ過ぎ」
「あたしでも七個は食べれないわね」
「美月、大丈夫?」
「き、気持ち悪いです……」
三人に背中をさすられながら、美月を休ませるために近くの公園まで散歩したのだった。もちろん、支払いはすべて達也が済ませている。
確かに二人は大きいですからね……