発足式も終わり、その日の放課後に担当エンジニアとの顔合わせがあった。達也が担当するのは一年女子六名、内半数以上は知り合いだった。
「CADの調整や作戦などを担当する事になった、一年の司波達也だ」
初対面の相手もいる為に、達也は簡単な自己紹介をした。
「よろしくお願いします、お兄様!」
「達也さん、よろしくお願いします」
「よろしくー!」
「よろしく、達也さん」
知り合いである(一人は実の妹だ)四人は達也を歓迎するムードだが、残る二人はあまり歓迎する感じでは無かった。
「僕は仕事が出来るなら誰でも構わないよ」
「私は女の人が良かったな」
残る二人、里美と滝川と言う一科生女子は、CADの調整など戦況に大差無いと考えているようだった。
「ところで、司波さんは兎も角、三人はお兄さんと如何言う関係なんだい?」
いかにもからかうと言う事が全面に出ている問いかけに、三人は答えに窮した。
「えっと……」
「関係って言われても……」
「………」
三者三様に返答に窮していると、横から答えが返ってきた。
「三人はお兄様のお友達よ」
「友達って、そんなに接点があるようには……」
「お友達よ」
「いや、だから……」
「お友達よ」
笑顔のまま里美に言う深雪を見て、達也はため息を吐いて呆れたようにつぶやいた。
「そろそろ始めたいんだが……」
友達と言い切るには、ほのかや雫、そしてエイミィが達也に向ける視線には好意の色が濃すぎるのだが、深雪としては頑としてその事を認めたくないのだ。自分は最も達也に近い位置に居るのに、それと同時に最も遠くに位置しているのだから。
近いのは家族、妹としての距離、遠いのは恋人としての可能性の距離だ。近すぎて気付かないのでは無く、可能性がゼロなのだ。
達也は妹として深雪の事を誰よりも愛してくれているが、同時に恋人としては絶対に見てくれないのだ。だからこの三人に牽制の意味を込めて友達だと強調して里見に教えているのだ。
「申し訳ありません、お兄様」
「いや、落ち着いたのならそれで良い」
どんなに呆れていても、最終的には深雪には甘い達也だったのだ。深雪に向ける表情を見て、ほのか、雫、エイミィの三人は嫉妬の表情を深雪に向けるのだが、生憎深雪には達也しか見えていなかった……
美術部の活動が終わり、美月は一人待ち合わせの場所に佇んでいる。九校戦までの間、達也や深雪などは遅くまで学校に残って練習やその指示をする為、普段より下校時間が遅くなっているのだ。
今もグラウンドでは達也が担当する女子生徒が練習しているのが見えている。その中に信頼以上の感情が含まれている視線を達也に向けている生徒が居る事は、美月の場所からでは確認出来なかった。
「(そう言えば発足式の時、エリカちゃんは何であんな無茶をしたんだろう……)」
基本的に喧嘩は全買いのエリカだが、あまり自分から喧嘩を売ることはしない。なのに発足式の時には、一科生全員から睨まれるだろう行動を取ったのだった。美月もその場には居たのだが、エリカが居なければ大人しく後ろの方に座ってひっそりと達也に拍手して終わっただろう。
「(レオ君も賛同したからやったんだろうけど、あんなに無茶する必要はあったのかな?)」
クラス全員を引き連れて行く二人は、やはり何処かで息が合うのだろうが、エリカの心の内を美月は何となく見たような気がしていたのだった。
「(やっぱりエリカちゃんは、達也さんの事が……なのかな)」
自分も達也に好意は持っている。だがそれが……なのかは微妙なところだ。だがエリカの気持ちにはそう言った感情が見え隠れしているのだ。
その感情を、美月は言葉にするのを憚られた。思考の中でさえだ。何故そんな事を思ったのか自分でも理解していないのだろうが、何となく言葉にしたら駄目だと思い込んだのだろう。
そんな美月の目に、急激に痛み出す。眼鏡をしているのにも関わらず、強い光が美月の視界に飛び込んで来る。
「何……これ……」
痛みに耐えながらも、美月はこの光の出所を探す。
「校舎の方……実験棟?」
彼女の目には、この原因を突き止めるだけの力がある。好奇心と相俟って、美月は光の波動が流れてくる実験棟へと歩を進めたのだった。
実験棟の階段を上がり、微かながら空気に混じった香気を美月は感じ取った。
「これは、魔法薬学で嗅いだ……沈静効果のある香木を複数ブレンドした香り……」
その香りは如何やら薬学実験室から漂ってくるようで、美月は足音を出来るだけ殺して近付く。近付くにつれて香気は強くなっていくが、美月の心には不思議と恐怖は無かった。
そして実験室の扉が僅かに開いていたので、覗き込むように美月は目を室内へと向けた。
「(あれは……精霊?)」
薬学実験室の中には、青や水色、藍色と言った光の玉がいくつも飛び回っていた。精霊を見て美月はそれ以外を考えられないほどの衝撃を受けた。そしてその精霊を呼び出しているのは美月も知っている人物だった。
「吉田君?」
「誰だ!」
術を行使している人間に声を掛けるなど、普段な美月ならしなかっただろうが、好奇心に負けたのだ。そして術者としても、誰も来るはずの無い場所で声を掛けられたのだから、動揺しない方がおかしいのだ。幹比古に使役されている精霊が、美月に襲い掛かる。恐怖のあまりしゃがんでしまった美月の背後から突風が吹き荒れる。スカートさえなびかせない想子の奔流が……
「待て幹比古、此処でお前とやりあうつもりは無い」
「……ゴメン、達也、それに柴田さん」
「お前が謝る必要は無い。元はと言えば術者の集中を乱した美月が悪い」
「ふぇ!? 私ですか!?」
達也に怒られると思って表情を窺った美月は、達也が笑ってるのを見て自分がだしに使われたんだと理解し、達也に非難の声を上げる。
「酷いですよ、達也さん!」
「悪い、だが人払いの結界の中に入ってきたらさすがに驚くだろ」
「そんな事まで分かるなんて、達也ってやっぱり非常……規格外なんだね」
「素直に非常識と言ってもらっても構わないんだが、これは精霊……水霊か?」
「そうだよ」
「俺には
「私も、青系統の光の玉があるとしか……」
「色の違いが分かるのかい?」
「はい、青や水色や藍色って……」
「本当に!?」
急に美月に近付き、睨みつけるように固まる幹比古。美月も見つめられて困ったように固まってしまった。
「……同意の上なら席を外すが、そうでなければ問題だぞ?」
その格好は見方によってはキスをする直前にも見える訳で、達也は咳払いをしてから二人に話しかけた。そして案の定慌てだした二人は、勢い余って倒れそうになる。
「やれやれ……」
二人を支えながらも、呆れた事を隠そうともしない達也に、二人は赤面して顔を背けた。
「精霊の色の違いが分かる美月に興味があるんだろうが、手荒なまねをするようなら容赦しないぞ」
「一年前の僕なら、力ずくでも柴田さんを手に入れようとしただろうけどね。今の僕にはそんな気力は無いよ」
「そうか、それなら良い。それと美月、もう待ち合わせの場所に全員揃ってるんだが、幹比古と一緒が良いならそう伝えるが」
「えっと、そんな事は無いです……って! もうそんな時間なんですか!?」
緊張と恥ずかしさで幹比古から視線を逸らしていた美月だったが、達也がこの場所に来た理由を理解して大慌てで幹比古に一礼してから薬学準備室から走り去って行った。
「それじゃあな、幹比古」
「うん、ありがとう達也」
達也が軽く手を挙げて薬学準備室から去っていくのを、幹比古は静かに見送ったのだった。
やっぱこの二人はお似合いです……今のところこの関係を弄くる気はありません