四葉家の用事で、現在水波は司波家にはいない。生徒会の仕事もなく達也の個人的な研究も一段落しており、司波家にはまったりとした空気が流れていた。
「こうして深雪とゆっくりするのも久しぶりだな」
「そうですね。お兄様――達也様が忙しすぎるという事もありますが、私が今までの距離感でいいのかどうか悩んでいたのも問題でしたから」
「無理して呼び方を変える必要は無いぞ。兄ではないが従兄ではあるのだから」
「いえ、これはけじめですから。何時までも妹という地位に甘えず、しっかりと達也様の妻としての自覚を持つための」
「まだ婚約者なんだから、そこまで気負う必要は無いと思うのだが」
「駄目です! 達也様の周りには大勢の女性がいるのですから、何時までも妹では置いていかれてしまいますので」
「置いていかれる? 誰にだ」
「それは、他の婚約者の方たちは、達也様の事を普通にお名前で呼んでいますのに、私だけ何時までもお兄様と呼んでいたら、大幅に出遅れている感じがするではありませんか」
深雪が何を思って呼び方を切り替えたのかは、達也も正直把握していなかった。婚約者としての自覚を持つためだろうとは思っていたが、それ以外にも切実な思いがあったとはさすがに気づいてはいなかったのだ。
「特にほのかと雫は、達也様に自然に近づいたり甘えたり出来ていますし、七草先輩は婚約者になる前から達也様と親しげでしたので」
「気にする必要は無いだろ。俺はちゃんと深雪の事を想ってるし、他とは比べられないくらいの時間を過ごしてきたのだから」
「妹としてでは駄目なのです! 私は、達也様と婚約者としての時間を過ごしたいのです」
「婚約者として過ごすのは構わないが、具体的に何をしたいんだ?」
達也がそう問いかけると、深雪は火に当てられたように真っ赤になった。
「……いったい何を考えているんだ?」
「い、いえ! 深雪ははしたない子です! 失礼します!」
大慌てで立ち上がりきちんと一礼してから、深雪は物凄い速度でリビングから姿を消した。
「相変わらず妄想癖は治ってないんだな」
一人取り残された達也は、テーブルに残されたカップを片付けるために立ち上がり、深雪が何を考えていたのかは深く考えないことにしたのだった。
自室に飛び込みベッドの上で悶える深雪ではあったが、カップを片付けるのを忘れていたことに気付き、リビングに戻ろうとして先ほど自分が考えていたことを思い出し、再びベットに突っ伏した。
「何故あのような事を考えてしまったのでしょう……私と達也様は兄妹ではなく従兄妹、ああいう事をしても問題はないとはいえ私たちはまだ高校生なのですから……」
深雪は先ほど、達也に女性として抱かれる妄想をし、不意に現実に引き戻され恥ずかしくなり逃げ出したのだ。
「達也様はそのような欲がないお方だから仕方ないのだけど、少しは意識してもらえているのでしょうか?」
元々室内の方が露出の高い服装をしていたのであまり気付かれていないが、婚約してから深雪はさらに露出の高い服を選び室内で着ている。もちろん、淑女としてはしたないと思われない程度の露出ではあるが、それでも精一杯のアピールをしているのだった。
「何時もは水波ちゃんがいるから寸での所で踏みとどまってはいるけど、今日は水波ちゃんはいないし、帰ってくるのは明日のお昼頃……ちゃんと我慢出来るかしら」
深雪は毎夜、達也の部屋の前まで行っては自室に戻るという事を繰り返しており、自分の中で「もし行為の最中の声を水波に聞かれたら恥ずかしい」と理由付けて誤魔化していたのだが、今日はそのストッパーを務めている水波はいない。
もし達也の部屋の前まで行き、何時もみたいに引き返す事が出来るのかと頭を悩ませながら、深雪は天井を見つめため息を吐いた。
「達也様がそういう行為をどのように考えているのか……深雪は知りたいのです」
他の婚約者とは比べ物にならない時間を一緒に過ごしてきたとはいえ、世間一般の兄妹と比べれば大したことは無いし、異性として意識された時間ということならば、ほのかや雫の方が深雪よりも長い時間過ごしてきたのだ。達也が自分を異性として意識しだしたのは、昨年の大晦日からだろうと深雪は思っており、そうなれば異性としてのアドバンテージは他の婚約者たちにあるのだ。
「この生活だって、後どれだけ続くのか分からないし、他の人と比べて私は積極性が足りない気がする」
今まで当たり前のようにしてきた達也の世話も、婚約者アピールというよりは妹アピールでしかないし、少し手が触れるだけでも恥ずかしがってしまうので、雫やエリカのように自然に腕を組んだりは出来ない。また真由美や響子のように年上の余裕を見せようと胸を当ててみたり、ほのかのように自然に上目遣いをしたりも出来ていない。
「やはり、このままでは達也様の中で私という存在が小さくなってしまう気がする……」
例え妹でなくとも、達也の中で深雪という存在は他の女性と比べ物にならないくらい大きいなものなのだが、深雪はその事を信じ切れずにいた。達也を信じられないのではなく、自分の魅力を信じられないのだ。
深雪はのそのそとクローゼットから寝間着を取り出し、覚悟を決めて風呂場へと向かう。この時間なら達也は部屋に戻り研究なり勉強なりをしているので、達也と鉢合わせる事はないだろうと考え行動に移ったのだ。
深雪の思惑通り達也と出会う事なく風呂場に着き、念入りに身体中洗い達也の部屋を訪れる。
「達也様、深雪です。入ってもよろしいでしょうか」
『開いてるから入っておいで』
「失礼します」
ゆっくりと扉を開け、深雪は一歩ごとに身を固くする。だが彼女の瞳には決意が見て取れた。
「どうかしたのか?」
「達也様、お願いがあります」
その後、達也と深雪は仲良く朝を迎えたのだった。
続きは個々で妄想してお楽しみください……