石川から拠点を東京に移し、本格的に引っ越しが完了したタイミングで、愛梨は達也を部屋に招待した。精々一ヶ月しか生活しないのに部屋が借りられたのは、一色の名前と共に四葉の名前の効果だろうと愛梨は思っている。
「ようこそ、お待ちしておりました、達也様」
「随分とものが少ない気がするが、仮住まいだからかい?」
「はい。必要最低限の物だけを送り、残りは後日送ってもらう手筈になっております」
「本当ならこんな仮住まいなどさせずに部屋を用意出来たらよかったんだが」
「仕方ありませんわ。決まってからまだ数日しか経っていないのですし、私が我慢出来なかったのが行けないのですから」
四月の頭には四葉家が用意する婚約者が生活出来る部屋が完成するのだが、愛梨はその日を待てずに東京へ出てきたのだった。別に都会に憧れて、とかそういう理由ではなく、一日でも早く達也の側にいたかったのだ。
「栞たちは完成と同時にこっちに来るんだろ?」
「はい。栞さんたちも早く来たがっていましたが、今回は私だけです」
せっかく二人きりなのに、他の女子の事を気に掛ける達也に、愛梨は不満そうな顔を見せる。頬を膨らませ上目遣いで睨む愛梨の姿は、完全にやきもちを焼いている彼女そのものだった。
「達也様、他の方を気に掛けるのは仕方ありませんが、今は私を見てくださいませ!」
「ん? あぁ、すまない。ちょっと気になっただけだから、そこまで嫉妬しなくてもいいだろ」
「嫌です! 達也様に面倒だと思われるかもしれませんが、今だけは愛梨を見てくださいませ! 司波深雪じゃなく、栞さんたちでもなくこの私を!」
随分と嫉妬深いのだなと感じながらも、達也は正面に愛梨を捉え、しっかりと愛梨の目を見つめ謝罪をした。
「すまない。今だけは愛梨の事だけを見ると約束しよう」
「あっ……ありがとうございます!」
感激のあまり飛び跳ねそうになった愛梨だったが、寸でのところで淑女としての嗜みを思い出し踏みとどまった。
「それでは達也様、今日はごゆっくりなさってください」
リビングに達也を案内し、愛梨は甲斐甲斐しく達也の世話をするつもりだった。だが必要最低限の物しか送ってないので、最高のおもてなしは出来そうにないと出鼻を挫かれた思いをしていた。
「申し訳ありません、達也様。こんな簡単なお茶しか用意出来ずに……」
「いや、十分美味しいから気にしなくても構わない」
「いえ、せっかく達也様にご足労いただいたというのに、この程度のお茶しか用意出来ず……一生の不覚です」
「そこまで思いつめなくてもいいと思うが」
達也からすれば、お茶を用意してもらっただけで十分だと本気で思っているのだが、愛梨の方は絶望したような表情で、しきりに謝罪の言葉を述べている。
「この不始末、どのように償えば良いか……」
「気にすることは無いと言っている。だから気にするな」
「は、はい……」
失敗を引きずっている深雪を現実に引き戻すように、達也は愛梨の肩を抱き視線を合わせ一言一句丁寧に告げる。真正面に達也の顔が来て、愛梨は他の事が考えられなくなり、素直に頭を縦に振る事しか出来なかった。
お茶の失敗を挽回するかのように、愛梨はありあわせのモノで豪華な食事を用意した。もちろんすべては達也の為であり、自分の分は用意しなかった。
「愛梨は食べないのか?」
「私は後でパンでも食べますので」
「食事はしっかりと摂った方が良い。ほら、口を開けて」
つい先ほどまで達也が使っていた箸を向けられ、愛梨の思考回路は一瞬にして熱暴走を起こした。
「た、た、た、た、……達也様がお使いになった箸で……」
「あぁ、さすがに嫌か。えっと、他に何かないか?」
「い、いえ! このままで結構です! いえ、このままが良いです!」
「そうか」
どことなく深雪に似ているところがあると思いながら、達也は愛梨の口元に料理を運び、そのまま食べさせる。
「世界一美味しいです……」
「愛梨が作ったんだろ?」
「いえ、例えこれが残飯だろうが何だろうが最高の気分ですわ」
「さすがに残飯は食べさせないぞ……」
「それくらいの気持ちだという事ですわ! た、達也様と間接キスをしてしまいました……」
まるで天にも昇る気持ちだと言わんばかりに幸せそうな笑みを浮かべる愛梨に、達也は優しい表情を浮かべていた。
「あの、達也様?」
「どうかしたか?」
「いえ、なんだか慈しみの目を向けられているような気がしまして」
「微笑ましいとは思ったが、そんな目をしていたか?」
「達也様は私を微笑ましい思いで見つめていたのですか?」
「間接キスくらいで舞い上がるとは、愛梨も普通の少女なんだなと思っただけだ」
「間接キスくらいとは何ですか! 達也様は少しズレているから仕方ないかもしれませんが、想い人と間接とはいえキスをしたのですよ! 舞い上がるのも当然です! 父上からは誰よりも早く子を成し、四葉と一色の跡取りを産むように言われていますが、達也様を我が一色家の事情に巻き込むわけにもいきませんし、それに……いきなりは恥ずかしいですし……」
「別に構わないが? 愛梨の問題は俺の問題でもあるからな。特に一色家は師補十八家、跡取り問題は最重要課題だろう。それの手助けを出来るのが俺だけなら、俺は喜んで手伝うぞ」
「達也様……その意味をお分かりで言っているのですか?」
「俺だってそれくらいの知識はある」
達也の覚悟を聞かされ、愛梨は自分の顔に熱が集まっているのを感じた。きっと今までにないくらい真っ赤になっているのだろうと思いながらも、愛梨は寝室に達也を案内したのだった。
優等生でのキャラですから、本編に絡ませるのが難しい上にキャラが良く分からないですから……