八月一日、いよいよ九校戦へ出発する事となったのだが、集合時間になっても、真由美の姿は集合場所には無かった。もちろん、寝坊したとか時間を間違えたとかそう言った理由での遅刻では無く、十師族『七草家』の用事が急に入った為に遅れているのだ。
真由美は先に行ってくれていて構わないと言っていたのだが、男子生徒も女子生徒も真由美のファンが多く、全員が待つと言う選択肢を選んだのだった。
「ごめんなさーい」
ヒールの音を響かせて走ってくる真由美を確認して、摩利は形だけの叱責をした。
「遅いぞ」
「しょうがないでしょ。先に行っていいって言ったのに」
真由美がバスに乗り込んだのを確認して、達也は最後の一人にチェックを入れた。すると真由美がバスの中から戻ってきたのだった。
「如何かしました?」
「ううん、ゴメンね達也君。こんな暑い中」
「いえ、まだ午前中ですし、事情はお聞きしてますから」
「でもそんなに汗を……あら? 全く掻いてないのね」
「汗を乾かす程度の魔法なら使えますので。真夏に汗を掻かないほど変態では無いつもりですので」
達也の言い方が面白かったのか、真由美はクスクスと笑った。
「ところで達也君……これ、如何かな?」
真由美は自分の姿を達也に見せる為、その場でクルリと一回転して見せた。真由美の格好はサマードレス、九校戦に向けて出発するだけなので、決まった服装は無いのだが、一年は全員制服で、二年も大半が制服だった。三年だけ自由な服装が目立ったのだが、二年の中でも目立った例外は存在していた。
千代田と言う二年の女子生徒と、発足式で達也の隣に居た二年の五十里はペアルック(五十里はハーフパンツで千代田はショートパンツだが)でベタベタとくっついてた居たために目立っていたのだ。摩利の話では二人は付き合っているらしいが、達也には如何でもいい話だったので話半分で聞いていたのだ。
「似合ってる?」
「とても良くお似合いです」
「そう……? ありがと、でももう少し恥ずかしがりながら褒めてくれると言う事無かったんだけどなー」
指を絡めた両手を腰の前へ伸ばし、上目遣いで擦り寄ってくる二歳年上の女の子。小柄な身長に平均的なサイズの胸は、両腕に挟まれてくっきりと谷間をのぞかせている。此処まで来ると狙ってやってると思われてもしょうがないだろう。
「……大変だったんですね」
「え?」
七草の用事がどんなものだったのかなど、達也には知りようも無いのだが、よっぽどストレスが溜まるものだったのだろうと達也は解釈した。
「行きましょう、バスの中でも少しは休めます」
「ちょっと達也君? 何か勘違いしてない?」
急に労わりに満ちた態度と、何処か同情を含んだ視線を向けられ、真由美は誰が見ても分かるくらいに動揺したのだった……
九校戦会場へと向かうバスは、選手と作戦スタッフは広いバス、技術スタッフは作業スペースを兼ねたバスで移動するのだ。そして広いバスの方では、つまらなそうにしている少女が三人、その一人目は真由美だ。
「何よ達也君、隣にって言ったのに、さっさと作業用のバスに逃げちゃうんだから。しかも私の事を躁鬱扱いするなんて失礼しちゃうわよね」
「的確な判断ですね」
不貞腐れている真由美の隣に座っているのは、作戦スタッフのリーダーでもある鈴音だ。不貞腐れた真由美の相手としてはこれ以上無いくらい適した人選だろう。
「リンちゃん、如何言う事よ」
「会長の餌食になるのを回避するのに、的確な判断だと申し上げたのです」
「ちょっ!? 酷い! 酷すぎだよその言い方は!」
鈴音に大真面目に断言され、真由美の余裕ぶっていた仮面にひびが入った。
「会長の艶姿に耐えられる男子高校生は殆ど居ないでしょう。会長の美貌には、それだけ大きな魔力がある、と言う事でしょうか」
「えっと……?」
魔法師になろうとしてる人間が「美貌の魔力」などと言ってる時点で冗談なのだが、鈴音の真面目腐った表情とニュアンスから、真由美はこれが冗談なのか本気なのか分からなかった。
「と言っても、司波君は魔法を無効化する技術に長けているようですし、会長の魔顔も司波君には通用しないでしょうがね」
口で発音されただけにも拘らず、真由美は「マガン」を「魔眼」では無く鈴音が意図したように「魔顔」と変換した。そして漸く自分がからかわれていたんだと理解した。
「リンちゃん!」
「まあまあ、落ち着いて下さい会長」
「貴女がそれを言う!?」
からかわれて居た事に気付き、更に不貞腐れた真由美は、背を向けて丸くなった。その姿を事情を知らない人間が見たら――
「会長、やはり体調が優れないんですか?」
「え?」
――そう見えるのである。
真由美の事を心配してきた服部には、真由美が具合が悪く丸まっているように見えたのだ。
「司波のやつが会長がお疲れのようだと言っていたのですが、やはり杞憂では無かったのですね。アイツも分を弁えてない点を除けば……」
「えっとはんぞー君? 私は別に気分が悪いとかじゃ……」
「我々に心配を掛けまいとする会長のお気持ちは嬉しいですが、此処で無理をされては元も子もありません」
服部は大真面目な態度で真由美を心配している。少し顔が赤いのはだらしなく座っていた所為でサマードレスのスカートから太ももがのぞいているからだろうか。
「服部副会長、何処を見ているんですか?」
「い、市原先輩!? 私はただ会長にブランケットを……」
服部の為に言っておくと、彼は別に太ももをジッと見ていた訳では無い。ただ彼が純情なのと、真由美に想いを寄せている為に少し見えただけでも彼の顔は赤くなってしまったのだ。
「服部副会長が会長にブランケットを掛けて差し上げるんですか? ではどうぞ」
鈴音の大真面目に見える冗談に、真由美は心得たといわんばかりに胸元を隠して恥ずかしがっている演技をしてみせる。案の定服部は真由美の姿を見て固まってしまった。
真由美の目には嗜虐心が確かに見え隠れしている、抑えが利かないのであろう。
「(司波君の見立ては正解でしたね……)」
鈴音は後ろを走っている作業車に目を向けてそんな事を思っていた……自分も服部を弄って遊んでいた事を棚に上げ、全て真由美の所為にしたのだ。
「おーい、はんぞーくーん!」
「……はっ!?」
「大丈夫? 移動中のバスであまり立ち尽くすのは危ないわよ?」
「す、すみません! これ、ブランケットです!」
純情少年の服部は、真由美にブランケットを手渡して大慌てで自分の席に戻って行った。
「ふう、面白かったわね」
「会長、あまり服部副会長をからかって遊ぶのはお止めになった方が良いですよ」
「リンちゃんがパスしてきたんでしょ」
互いに悪い笑みを浮かべ、服部から手渡されたブランケットに身を包み、真由美は夢の世界へと旅立っていった。
次回は機嫌の悪い残り二人ですかね