荷解きを済ませ、香蓮は漸く一息つけるとリビングでホッとしたが、手伝いで来てくれていた達也の存在を思い出し緊張してしまった。
「(作業の間は忘れてたけど、私達也様と二人きりじゃないですか……)」
根が真面目なため、作業に集中していたのが幸いして、特に緊張でミスをするという事は無かったのだが、今更ながらに達也と二人きりという事実に緊張してしまい、挙動がおかしなことになってしまった。
「た、達也様……お茶でも淹れましょうか?」
「あぁ、すまない」
達也の方は特に疲れた様子も、緊張している様子もなく、ごく自然に返事をしたが、香蓮は達也の返事に舞い上がりそそくさとキッチンへと逃げ出した。
「とりあえず落ち着かないといけませんね……今日はこのまま達也様と二人きりなのですから」
自分で呟いた言葉の所為で、余計に緊張してしまった香蓮は、急須に淹れたお茶を自分の手にかけてしまうというミスを犯してしまった。
「熱っ!」
咄嗟に手を引っ込めたのは良かったが、急須を持った方の手が疎かになり、中身を全て零してしまい、全身が濡れてしまった。
「どうしましょう……」
とりあえず手を冷やし、お茶がかかったところを拭いて悩む香蓮の許に達也がやってきた。
「大丈夫か?」
「は、はい。問題はありません」
「いや、問題あるだろ……」
そう言って達也は懐からCADを引き抜き、左手で引き金を引いた。一瞬の内に火傷は治り、濡れていた服は元に戻った。
「これが、達也様の特異魔法……聞いてはいましたが凄いですね」
「少し落ち着いた方が良いな。お茶は俺が用意するから、香蓮はリビングで休んでいろ」
「いえ、これくらいは私が……って言っても説得力ないですよね……」
失敗したばかりの自分が言っても達也を納得させることは出来ないと理解し、香蓮は一礼してからリビングへと移動した。
「何を舞い上がってるんでしょうか、私は……達也様の婚約者は私だけではないというのに……」
香蓮としては、愛梨が幸せになってくれるなら自分は身を引く覚悟だったのだが、重婚が認められると分かるやいなや自分も幸せになりたいと思ってしまったのだった。
「身勝手な部分が出てしまった私への天罰なのでしょうか……」
自分が幸せになりたいと思うのは当然の事なのだが、香蓮にはそれが身勝手だと感じてしまったのだった。だからではないが、達也の前であのような失態を演じたのだと。
「達也様だって、私のような魅力のない女より、愛梨のような女性の方が良いのでしょうね……」
あまり膨らみの無い自分の胸に視線を落としながら、香蓮はぼそりと呟く。
「俺は別に女性の一部分を見て優劣をつけることは無いぞ。というか、女性に優劣をつける事もしない」
「た、達也様!?」
音もなく現れた達也に、香蓮は驚き立ち上がる。もちろんそのせいで達也がお茶を溢すなとどいう事は起こらず、危なげなく香蓮から距離を取った。
「そこまで驚かれるとこっちが驚くのだがな」
「も、申し訳ありませんでした」
驚いたことへの謝罪と、挙動不審で心配をかけている事への対する謝罪ということで、香蓮は深々と頭を下げたのだった。
「別にそこまで気に病む必要は無いが、何故そこまで自分を卑下するんだ?」
「卑下などしていませんよ。私はただ自分を冷静に見つめ、相応しい評価をしているだけです」
「俺には香蓮が自分を認めたくない理由があるようにしか思えないのだが」
「そんな事ないですよ……女としての魅力は、愛梨や司波深雪さんには敵いませんし、人懐っこさでは沓子や七草真由美さんには敵いませんし、魔法の正確性では栞や市原鈴音さんたちには敵いません。私には相手の情報を探るくらいしかありませんし、その能力だって黒羽亜夜子さんや津久葉夕歌さんの足元にも及びませんので……」
「誰かと比べて劣ってるからと言って、それがイコールで女として劣っていると思う必要は無いと思うんだが。誰しもが誰かと比べて劣ってる部分はあるだろうし、だからと言って全員が香蓮のように卑屈に生きているわけではないんだ。香蓮も少しくらい自分に自信を持って、前向きに物事を考えてみたらどうだ?」
「前向きに、ですか……」
少し考える仕草をして、香蓮は達也の顔を見上げた。
「では、自信をつけるために達也様にお手伝いをお願いしたいのですが」
「俺に出来る事なら構わないが」
「達也様にしか出来ないことです」
先ほどのおどおどした雰囲気から一変し、香蓮は妙に気合いの入った雰囲気を醸し出しており、達也も意外に感じていた。
「俺にしか出来ないとは?」
「まず、私が達也様の婚約者であるという実感をさせてください」
「実感させるというのは?」
「キスをしてください」
「キスだけでいいのか?」
「続きはまだ早いと思いますので、外も明るいですし」
二人とも基本的に真面目で作業が早いので、荷解きにはさほど時間はかからなかったのだ。だからまだ外は明るく、キスより先をするには時間的にも早いのである。
「どうせ今日は達也様とずっと二人きりなのですから、今日中に女として達也様にして差し上げられることをしてしまおうと思います」
「随分と気合が入ってるんだな」
「こういうのは勢いが大事ですからね。一度冷静になったら、もう二度とお願いできない気がしますので」
香蓮の勢いに圧されたわけではないが、達也は香蓮の望みを全て叶えてあげる事になったのだった。
そう言えばクリスマス・イブだったな……