予想外の客に、八雲は少し困惑していた。
「これはこれは四葉殿、このような寺にどのような御用でしょうか? また達也くんを子供にしてくれ、というのは無しですからね」
前に真夜の悪戯に付き合い、翌日の組手で痛い目に遭った八雲としては、もう真夜の悪戯に付き合うのはこりごりなのだ。
「今回は達也さんを相手にしたものではありませんので、九重先生が身構える必要はありませんよ」
「では誰を? 深雪君ですか?」
「今回はこの私を」
「……本気ですか?」
真夜の申し出に、八雲はたっぷり一秒固まり、相手が四葉家当主であることを忘れ聞き直してしまった。
「たっくんの子供時代は堪能しましたので、今度は私がたっくんにお世話してもらいたいと思いましたの」
「また達也くんに怒られそうなことを……そもそも、四葉家の方々は承知しているのですか? 当主様をかどわかしたとか言われたら困りますからね」
「その辺りはご心配なく。万事私が心得ておりますので」
八雲にすら気配を掴ませなかった老執事が現れ、問題は無いと八雲に告げる。その執事に視線を向け、八雲は剃り上げた頭を撫でながら困惑気味に答える。
「僕としても達也くんがどのような反応を見せてくれるか楽しみではあるんだけど、また組手で酷い目に遭いそうなんですよね」
「その辺りもご心配なく。万が一の時は四葉家が手厚くお見送りいたしますので」
「……出来ればまだ死にたくないんですけどね」
達也に殺られること前提で話が進んでいるのに困惑しながらも、八雲は葉山が差し出した契約書を読み始めた。
「最後に一つだけ確認したいのですが」
「何でしょうか?」
「四葉殿に万が一が起こった場合、僕はどうなるのでしょうか?」
「その時は、我々が地の果てまで追いかけ、必ず始末いたしますゆえ」
「まぁ、失敗しないと思いますがね」
もう一度契約書を全て読み直して、八雲は真夜に秘術を掛けたのだった。
「では、私は奥様を達也殿の部屋へお送りいたしますので」
「出来る事ならもう来ないでいただきたいですね」
今の達也は魔法力も高いので、本気で組手をすれば自分の命も危ういと思っているので、出来るだけ四葉家には関わりたくないと八雲は思っていた。だが、これから先もなんだかんだで付き合っていくのだろうと、何処か達観した雰囲気で八雲は真夜と葉山を見送ったのだった。
敷地内に深雪、水波以外の気配が侵入したのを察知し、達也は目を覚ました。もともと侵入者には敏感な達也だが、この家にいる時は普段以上に気配に敏いのだった。
「こんな時間に……」
外はまだ暗く、夜が明けるのは当分先だと思われる時間帯に侵入してくるような物好きがこの時代に存在するとはと、達也は侵入者に興味を持った。
「夜分遅くに失礼しますぞ」
「葉山さん……いったい何事ですか」
気配をたどって行くと、真夜が最も信頼を置いている執事、葉山が恭しく達也に一礼してきたので、達也は呆れたのを隠そうともしない態度で葉山に問いかける。
「いやはや、これだけの距離を保ちながらも気づかれてしまうとは、私もまだまだですな」
「隠れてるつもりもなかったでしょうに……それで、このような時間に、葉山さんが直接ウチに来るという事は、かなり厄介な事が起こっているのですね」
「さすがのご慧眼――と申し上げたいところですが、達也殿に任せたい事はさほど面倒ではございません、大変かもしれませんが」
葉山の言い回しが良く分からなかった達也は、とりあえず内容を聞こうと口を開きかけて――葉山の足下にいる少女に気が付いた。
「まさかこの少女を預かってほしいというのではないでしょうね?」
「まさにその通りですな。では、頼みましたぞ」
「ちょっと待ってください、葉山さん。この少女は何処の誰なんですか? どことなく母上に似ている感じがしますので、縁者だとは思いますが」
「その通りですぞ、達也殿。そのお方は奥様です」
「はっ?」
達也が珍しく困惑しているのを見て、葉山は楽しそうに笑ってから事情を説明すると達也に告げた。
「前に何度か、達也殿を少年へと戻す秘術を使ったことがございますな? それを今回は奥様にかけていただいたという事です」
「師匠ですか……それで、母上は何故このような事を? 四葉家の仕事が嫌になったわけじゃないですよね」
「そのような事ではございません。ただたんに、達也殿に思いっきり甘えてみたいという奥様のお気持ちを酌んだ結果でございます」
「普段から甘えているようにも思いますが……」
「このお姿ならば、人前だろうが気にせず甘える事が出来ると、奥様は仰られておりましたので」
つまりは達也の行く先々についてくるという事かと、達也は今日一日のスケジュールを思い浮かべ、頭痛を覚えたのだった。
「何とかならないんですか?」
「奥様に逆らったとなると、私の首が飛んでしまいます故、達也殿にはなにとぞ、数日間奥様のお相手をお願いしたい所存であります」
葉山の首が飛ぶ事はあり得ないだろうと思いながらも、八つ当たりで数人の執事の首が飛びそうな感じは達也もしているので、無碍に断ることは出来なかった。
「では、深雪様や他の婚約者殿へのご説明は達也殿からお願いいたします」
面倒事を全て押し付けられ、達也はため息を吐きながら、眠っている真夜を抱きかかえて自分の部屋へと運んだのだった。
葉山さんが楽しそうです