目を覚ました真夜は、見覚えのある部屋に安堵し、今までの記憶は残っているのだと理解した。軽く起き上がり辺りを見回すと、愛しい息子が何か作業をしているのが視界に入った。
「目が覚めましたか、母上」
「おはよう、たっくん。ここはたっくんの部屋よね?」
「見ての通りです。これから深雪と水波に事情を説明しますので、着替えたらリビングへと行きますよ」
「着替えなんてないのだけど?」
「ご安心を、葉山さんが万事抜かりなく用意してくれてますので」
有能過ぎる執事に、真夜は少し残念な思いをしたが、達也の前で堂々と着替えられるという事に気が付き、意気揚々と寝間着に手を掛けた。
「あれ? 上手く脱げないわね……」
小さくなった身体を上手く扱うことが出来ず、真夜は悪戦苦闘しながら、遂に一人で着替える事を諦め、達也に期待の眼差しを向ける。
「何でしょうか?」
「手伝ってくださらない?」
「深雪か水波に事情を先に説明し手伝わせましょう」
「たっくんに手伝ってもらいたいの」
普段なら自信満々な雰囲気を醸し出す場面だが、今の真夜ではその雰囲気は作れないようで、容姿相応に上目遣いをし、少し瞳を潤ましてお願いをする。
「今回だけですからね。次回があるのなら、その時は深雪か水波にお願いしてください」
真夜の服を脱がし、着替えを手渡し作業に戻る達也を見て、真夜は普段と違った頼もしさを感じていた。
「それじゃあ、深雪さんたちにご挨拶しましょうか。数日間お世話になるわけですし」
「効果は何時までなんですか?」
「分からないけど、数日で解けるわけじゃなさそうね、葉山さんが用意してくれた服から考えると」
少なくとも一週間以上は洗濯しなくても替えがある状態を見て、一週間以上は術の効果は持続するのだろうと考えた真夜は、楽しそうに達也にそう告げた。
「一週間も当主不在で大丈夫なのですか?」
「優秀な執事がいるから大丈夫よ。それに、本当に私の力が必要な時は電話してくるでしょうしね」
楽しそうに笑う真夜とは対照的に、達也はこれから起こるであろう事態に頭を抱えていた。またしても珍しい仕草が見られたと、真夜はこの計画を実行して良かったとほくそ笑んだのだった。
「達也さま、おはようございま――す?」
リビングで達也を出迎えた水波が、彼が連れている幼女に視線を向け首を傾げた。
「達也さま、そちらのお子さんは何方の……」
「おはようございます、水波さん。しっかりと働いているようですね」
「ま、まさか……いえ、しかしこのお声は……」
声を聞いただけで理解出来るほど、この現象は受け入れやすいものではない。水波は自分の聞き間違いではないかと疑ったが、この声と達也・深雪の声は聴き間違えるはずもなかった。
「さすがね、水波さん。貴女が思った通り、私は四葉真夜よ」
「な、何故そのようなお姿に?」
「この姿ならたっくんに思う存分甘えられるからよ。現にさっきたっくんにお着替えを手伝ってもらったの」
「水波ちゃん、どうかしたの? ……えっ? 叔母様ですか?」
「おはよう、深雪さん。さすがに見間違えることは無かったわね」
すぐに自分の正体を見破った深雪に賞賛の拍手を送り、とことこと達也の前に移動してその膝の上に腰を下ろした。
「水波さん、紅茶をいただけるかしら?」
「はい、ただいま!」
何かに弾かれたようにキッチンへ向かった水波とは対照的に、深雪は不機嫌になっている事を隠そうともしない表情で達也の正面に座り、彼の膝の上に座っている真夜に鋭い視線を向ける。
「それで、何故叔母様がこのようなお姿で達也様の部屋から参られたのでしょうか?」
「九重八雲さんにお願いして、前にたっくんを子供の姿にした術を掛けてもらって、夜中の内に葉山さんにこの家に連れてきてもらったの」
「そうですか、九重先生が……」
深雪の中で八雲に対する殺意が膨れ上がっているのを感じ取った達也ではあったが、特に止める必要は無いだろうと考え、とりあえず話題を変える事にした。
「母上の世話だが、深雪か水波に頼むのが一番だと思うのだが」
「駄目よ。私はたっくんに甘えたくてこの姿になったんだから、たっくんが私の世話をするべきよ。そうじゃないと、この家吹き飛ばすわよ? 普段より魔法の制御が上手く出来ないから、周辺も吹き飛ぶかもしれないけど」
「それはさすがに面倒ですね……」
真夜の魔法は達也にとって相性がいいのでどうとでも対処出来るのだが、周辺にまで被害が及ぶ可能性があると聞かされ、いささか面倒に思えたのだった。
「じゃあこうしましょう。着替えは深雪さんか水波さんにお願いしますから、お風呂や寝る時はたっくんと一緒にしましょう」
「駄目です! 達也様と一緒にお風呂だなんて……叔母様の事ですからきっとよからぬことを企んでるに決まっています!」
「あら。私は子供を産めない身体だし、今の姿は誰がどう見ても子供なのだから問題は無いでしょ? 母子のスキンシップの範疇よ。それとも深雪さんは、たっくんがこんな幼女に手を掛けるような変態だと思っているのかしら?」
「そ、そんなことはありません!」
「なら、問題は無いわよね?」
「ぐっ……せ、せめて私も一緒に入ります! それが叔母様の提案を受け入れる条件です」
「仕方ないわね。それで構わないわ」
「俺の意思は無視なんですね」
母親と従妹の間で勝手に決められ、達也は興味なさげにツッコミを入れたのだった。
折衷案になってるのか?