生徒会室で達也を出迎えたほのかは、深雪と水波がいないことと、達也の肩に見知らぬ少女がのっている事が気になり、しきりに首を傾げた。
「達也さん、深雪と水波ちゃんはどうしたのでしょうか?」
「野暮用が出来たようで、深雪はそっちに向かった。水波はその護衛だ」
「そうなんですか。じゃあ、今日は生徒会の業務はお休みにしますか?」
「いや、泉美もいれば――珍しいな、泉美がまだ来てないのは」
「泉美ちゃんも今日はお休みみたいです。ですから、私と達也さんの二人じゃ厳しいと思うのですが」
「大丈夫だろ。春休みでそれほど仕事があるわけじゃないし、ほのかはほのかの分を片付ければそれで大丈夫だ」
そう言って達也は、肩にのせていた少女を下ろして、ピクシーに相手をさせ、仕事にとりかかろうとした。
「ところで達也さん、その女の子は?」
「こうして直接会うのは初めてですね。四葉家当主、四葉真夜です。たっくんのお母さんって言った方が分かるかしら?」
「えっ、でも……前に見た時はもっと大人の女性だったような気がするのですけど……」
「前にたっくんが子供の姿になった術を、今度は私にかけてもらっただけよ。それにしても、貴女があの光のエレメンツの家系の」
しみじみとほのかを眺めた真夜は、達也が鋭い視線を向けているのに気が付き柔らかい笑みを浮かべてほのかから視線を逸らした。
「私はいないものとして考えて良いわよ、光井ほのかさん」
「えぇ!?」
「深雪さんもいないわけだし、思いっきりたっくんに甘えるなら今しかないと思うわよ?」
「で、ですが……」
ほのかは自分の分の仕事と、達也の分の仕事をチラチラと横目で見ながらも、真夜の誘惑に負けそうになっていた。
「貴女の親友の北山雫さんがしているように、たっくんの膝に座ったり、後ろから抱きしめてもらったり、やるなら今しかないと思うのだけど?」
「母上、邪魔しないという約束で連れてきたのですから、ほのかを甘言で惑わせないでください」
「たっくんの婚約者なんだから、それくらいは別にいいと私は思うんだけどね。たっくんは恋愛とか苦手だもんね」
「独身の母上に言われたくありません」
「私は確かに独身だけど、たっくんの事を心から愛しているもの。だから、たっくんよりは恋愛には通じているわよ」
どんな理屈だと達也は思ったが、これ以上は地雷のような気がして仕事に戻る事にした。
「お茶をお持ちしました」
「ありがとう。これがパラサイトが寄生しているP94かしら?」
「お初にお目に掛かります、マスターのご母堂様」
「たっくんに好意を持っている誰かの感情がパラサイトを目覚めさせたのよね? いったい誰の感情なのかしら」
「私は、そちらにいる『光井ほのか』の恋愛感情によって呼び覚まされました。マスターに仕えたい、役に立ちたい、好きにしてほしいという気持ちが私を再起動させたのです」
ピクシーが真夜に気持ちを暴露している間、ほのかの顔は真っ赤になっていた。一度達也に聞かれているとはいえ、二回も聞かせるような事ではないのであれ以降黙っていたが、改めて聞かれるとやはり恥ずかしいのだろう。
「たっくんにそういう感情を抱いてしまうのは仕方のない事だけど、家系って凄いのね」
「な、何のことですか?」
「とぼけないくてもいいのよ。依存癖は自覚してるのでしょう? エレメンツの家系は多かれ少なかれそのような傾向があるのだけど、貴女は特に強いみたいね」
「すみません……」
「謝ることは無いのよ? たっくんは依存するのに適した性格をしてるし、一人や二人養うくらいの収入は既にあるもの。思う存分甘えなさい。ただし、私が甘える分は取っておいてほしいかも」
「母上、ほのかも」
言外にうるさいという事を伝えてきた達也に、ほのかは恐縮しながら頭を下げ、真夜はチロリと舌を出して手を挙げた。
「それでは、私も仕事をしなければならないので」
「たっくんの膝の上で?」
「そそそ、そんな事しませんよ!」
「したくないの?」
「……したいです」
多少躊躇いを見せながらも、ほのかは気持ちをはっきりと真夜に告げた。普段雫が達也の膝の上に座るのを見ているだけのほのかは、何時かは自分もという気持ちを抱いていたのだが、羞恥心と周りの目が気になって実行に移す事は出来ていなかったのだ。
「もう一度いうけど、今なら誰の目もないしチャンスだと思うのよね」
まるでメフィストフェレスのように囁く真夜に、ほのかは次第に達也の膝に座るのは今しかないという思考に支配され始めていた。
「私から見ても、貴女は十分に可愛らしい女の子ですから、甘えられてイヤだと思う事は無いと思うわ。他の婚約者と比べて貴女は少し甘え方が下手みたいだけど、今日くらいはね」
「……今日くらいは」
目の焦点が少し合っていないような目で真夜の言葉を繰り返し、ふらつきながらほのかは達也の横に立ち、作業を止め隙間が出来た達也の膝の上に腰を下ろした。
「ほのか?」
「今日だけですから! お願いします」
「……母上、催眠でも掛けたんですか?」
「私は何もしてないわよ? ただ彼女の願望を表に出してあげただけ」
「……邪魔しないと約束したはずですよね」
「邪魔してないわよ、私はね」
楽しそうに笑う真夜に、達也は激しい頭痛を覚えたが、立ち上がるにもほのかが膝の上にいるので動けず、ため息を吐いて仕事に戻ったのだった。
真夜がメフィストフェレスみたいになった……