目が覚めた深雪は、自分が何処にいるのか分からず、また今まで何をしていたのかも思い出せずにいた。
「(私は何をしていたのかしら……早く起きてお兄様のお世話を――お兄様? お兄様って誰だったかしら? というか、私は何をするつもりだったのかしら……)」
「目が覚めましたか、深雪様」
考えがまとまらない内に声を掛けられ、深雪は警戒心を露わにしたが、思うように動けなく、思考も上手く纏まらなかった。
「おねえちゃん、だれ? (お姉ちゃん? 私は何を言っているのかしら)」
「私は深雪様のガーディアン、桜井水波と申します。達也さまより、深雪様をお守りするよう命じられ、失礼ながら尾行させていただきました」
「? むずかしいことわからない……」
「やはり思考も……」
達也が懸念した通り、深雪は身体だけでなく精神までも幼児化しており、水波の事もしっかりと認識しているようではなかった。
「おにいちゃんは? 深雪の大好きなおにいちゃんはどこ?」
「今達也さまのところへお連れいたしますので、もうしばらくお待ちください」
「おにいちゃん……深雪の大好きなおにいちゃん」
「(おかしいですね……私が聞いた限り、深雪様は達也さまの事をお想いになられたのは中学一年の夏休み以降だったはずなのですが……完全に幼児化した訳ではないのでしょうか?)」
多少混乱しながらも、水波は深雪を達也の許へと連れて行くべく足を進める。
「おねえちゃんも、深雪のおにいちゃんの事が好きなの?」
「なっ!? わ、私は達也さまにお仕えする身ですので、そのような感情は……」
「深雪、むずかしいことわからないけど、おねえちゃんがおにいちゃんのことが好きだって事はわかった」
「ち、違いますってば!」
思わず声を荒げてしまい、水波は慌てて頭を下げた。例え小さくなっていようと、深雪は水波の主なので、主に対する対応ではなかったと反省しての事だ。
「申し訳ございません、深雪様」
「ちょっとビックリしただけだからへいきだよ」
「しかし、先ほどの私の態度は、主へ対するものではありませんでした……」
「うーん……じゃあ、いそいでおにいちゃんのところにつれていって。それでゆるしてあげる」
深雪の寛大な処罰に感謝しながら、水波は司波家までの道のりを過去最速で走り抜けたのだった。
生徒会業務を終え、真夜と二人で家に帰ると、玄関で出迎えてくれたのは泣きそうな顔の水波だった。
「あら水波さん、何かあったのかしら?」
「達也さまが生徒会業務をしている事を失念しておりまして、深雪様をこちらにお連れしたのですが達也さまがおらず、深雪様のご機嫌が徐々に下降していきまして……」
「おにいちゃん!」
リビングからトテトテという音が聞こえてきそうな足取りで駆け寄ってきた深雪が、達也目掛けてとびかかった。これが深雪以外だったら叩き落とされたかもしれないが、相手が深雪なので達也は普通に受け止めた。
「おにいちゃん! 深雪の大好きなおにいちゃん」
「あらあら、姉さんが封じ込めていた本当の気持ちまで解放されちゃったのね」
「どういう事ですか?」
真夜の呟いた言葉に、達也が水波の代わりに問いかける。
「達也さんの封印は、深雪さんと夕歌さんのキスで解けてしまうように出来ていたから、子供の頃に悪戯でキスしないよう、深雪さんの気持ちに姉さんが封印を施したのよ。まぁ、あの事件の後からはあまり機能してなかったみたいですけど、九重八雲さんの術の所為で、完全に解けてしまい、あの事件前の思考でも達也さんの事を想ってしまっているのでしょう」
「つまり深雪様は、あの事件の前から達也さまの事を想っておられたということでしょうか?」
「そう言う事ね。本能的に分かっていたのでしょうね、たっくんの本当の魅力が」
「あの、そう言いながら母上まで抱き着かないでくれますか? さすがに動きにくいのですが」
どさくさに紛れて達也に抱き着いた真夜に、達也はジト目を向けるが、真夜は微笑むだけで動こうとはしない。
「仕方ない……水波、お茶の用意を頼む」
「畏まりました」
二人をリビングまで運ぶことを決意し、水波を先にリビングに向かわせた達也は、前に真夜、後ろに深雪を背負いこみ、多少動きにくさを感じながらもリビングへと向かった。
「おにいちゃん、この女の子はだれ?」
「私は達也さんのお母さんです。訳あって子供の姿をしていますが、これでも立派な四葉家当主なんですからね」
「よつばけって、深雪のおうちだ!」
「そうですね。その頃の深雪さんは次期当主候補筆頭でしたからね」
昔を懐かしむように呟いた真夜は、深雪から視線を達也へと向けた。
「今では次期当主は達也さんですけどね」
「おにいちゃんが『じきとうしゅさま』になったの? でもお母様が深雪がなるって……そういえばお母様は?」
「姉さんなら、数年前に亡くなりましたよ。まぁ、今の深雪さんには分からないかもしれませんが」
深夜が亡くなった事は覚えていないようで、深雪はしきりに首を傾げた。だが達也が側にいるからか、深雪は特に気にした様子もなく達也に甘えていた。
「おにいちゃん、大きい……」
「母上、深雪をたきつけたのは失敗だったのでは?」
「私は楽しいし、深雪さんも正直に甘えられているのだから、成功だと思いますけどね」
楽しそうに笑う真夜と、嬉しそうな表情で達也に甘える深雪を見て、達也はため息を吐いたのだった。
ロリって難しいな……