深雪も小さくなってしまったため、家事は水波が全て担当する事になったのは良いのだが、彼女の背後では真夜と深雪が達也の膝の上を賭けて争っていた。
「おにいちゃんの上は深雪のものなの!」
「あら、そんなことは決まってないはずですけどね? そもそも、貴女は達也さんの妹ではなく従妹なのですから、私の方が達也さんの膝の上に座るにふさわしいと思うのですがね」
「そんなことないもん! ふつうお母様なら上にすわるんじゃなくって、すわらせてあげるはずだもん!」
「私だってそんなことしてさしあげたかったですが、四葉家という特殊な家系の所為で出来なかったのです! だから今になって、私が甘える事にしたのですから邪魔をしないでくださらない?」
争いと言っても言い争いなのである意味平和なのだが、水波としてはどちらの味方をするのかと問われると非常に答えにくいので、出来る事ならこちらに飛び火しないで終わってほしいと願っているのだ。そもそも達也の膝の上は誰のものでもないので、味方しろと言われても困るというのが偽らざぬ本音なのだが、立場的にそんなことを言えるはずもなく、とりあえず調理に集中して逃げているのだった。
「おにいちゃんは、深雪とお母様、どちらがいいですか?」
「もちろん私よね、達也さん」
「そもそも喧嘩するようなことなのですか?」
水波が思っていたことを達也が言ったため、水波は内心でガッツポーズを決めたのだが、もちろん動作にはそのような事を感じさせない。
「おにいちゃんは深雪のこときらいなの? お母様のほうがいいの?」
「そんなことは言っていない。深雪と母上、今の二人ならまとめて座られても問題はないから、二人で座ればいいだろ」
「それじゃあ達也さんを独占出来ないじゃない! 二人同時なんて、何も楽しくないもの」
「それでしたら母上は大人しく一人で座るんですね? 深雪は二人一緒でもいいか?」
「おにいちゃんがそういうなら、深雪はそれでかまいません」
「らしいですが、母上は嫌なのですよね? なら仕方ありません。聞き分けの良い深雪の方を――」
「待って! 二人一緒で構わないわ」
達也の脅しに屈し、真夜も膝の上を分け合う事で納得し、深雪と一緒に達也の膝の上に腰を下ろした。
「お待たせいたしました」
「あら水波ちゃん、随分と楽しそうね?」
「そのような事はございません」
「そう? 何だか内心でガッツポーズを決めていたように思えたけど、気のせいだったのかしら?」
真夜の言葉に、水波は心臓を鷲掴みにされた思いをしたが、ここで動揺を見せれば真夜の言葉を肯定した事になるので、いつも以上に冷静さを心掛けた。
「達也さまはご自身の食事が出来るのですか?」
「二人の分を食べさせた後で構わない」
「よろしければ、私が食べさせて――いえ、何でもございません」
真夜と深雪に睨まれ、水波はそそくさとキッチンに引っ込んだ。睨まれることは最初から分かっていたので、あの場から逃げ出す理由を作るべくあえて言ったのだが、実際に睨まれると演技とか関係なく逃げ出したくなるのだった。
「おにいちゃん、たべさせて」
「達也さん、私が先ですわよね?」
「そんなことまで争わないでください。順番です」
先に深雪に食べさせてから、達也は真夜にも食べさせる。先に深雪に食べさせた事を不満に感じた真夜ではあったが、次は自分が先で深雪が後だったので、とりあえずは納得したのだった。
「ごちそうさまでした!」
「さすが水波ちゃんね。美味しかったわ」
「ありがとうございます。では、達也さまの分をお持ちしますね」
「おにいちゃん、おふろ!」
「深雪さん、達也さんはまだ食事を済ませていないのですから我慢しなさい」
「そっか……」
真夜に注意され、少ししょんぼりとした深雪ではあったが、すぐに立ち直り達也に話しかけた。
「それじゃあ、おにいちゃんがたべおわったらいっしょにはいろうね!」
「それはさすがに許可出来ませんね。達也さんは私と一緒に入るのですから」
「水波、先に二人を風呂に入れてやってくれ」
「かしこまりました。では奥様、深雪様」
達也の言葉に逆らうことは出来ない水波は、真夜と深雪を抱え上げて風呂場へと向かった。二人とも文句を言いたげだったが、達也がそう言うなら仕方ないとすぐに納得する聞き分けの良さを持ち合わせていたので、水波は安心してお風呂に入れる事が出来そうだと感じていた。
しかし達也の姿が見えなくなると二人の態度は一変し、同時に水波を睨み上げ、不満タラタラの表情を浮かべていた。
「どうかなさいましたか?」
「何故邪魔をしたの。あの流れなら二人一緒とはいえ今日もたっくんとお風呂に入れたかもしれなかったのに」
「達也さまにも休憩は必要だと思いまして、僭越ながら私がお二人のお風呂の世話を申し出たわけでございます」
「おにいちゃんといっしょがよかったのに……」
「寝る時はさすがに邪魔は致しませんので、この後は思う存分達也さまに甘えてください。しかし、達也さまが許可なさってくれた時だけですからね」
「たっくんなら許してくれるわよ、きっと」
何の根拠もない真夜の自信に、水波は達也の苦労が窺えると感じたが、自分ではこれ以上どうすることも出来ないという歯がゆさを感じながらも、達也なら大丈夫だろうという気持ちが芽生えたのだった。
「とりあえず水波ちゃん、お風呂に入りましょうか」
「なるべく大人しくしていてくださいね」
主を押さえつけるわけにもいかないので、水波は頭や体を洗う時は大人しくしてほしいと念を押してから、二人の全身を洗ったのだった。
結果的に水波は役得?