小さくなった真夜と深雪を連れて駅まで向かう間、ほのかはなんだか子連れの夫婦の気分を味わっていた。というのも、興奮し過ぎて一人で帰れなくなった泉美を水波が送っていくことになったため、ほのかは小さくなった真夜と深雪を背負った達也と二人きりで駅までの道のりを並んで歩いているのだ。
「(もしこれが制服じゃなったら、周りからは子連れの夫婦に見えちゃうのかな……でも、達也さんと夫婦に見られるのは嬉しいかもしれない。ちょっとまって。子連れという事は、そう言う事をしちゃったって思われるわけで)」
「ほのか、顔が赤いがどうかしたのか?」
「い、いえっ! 何でもありません!」
「そうか」
突如挙動不審になったほのかを見て首を傾げた達也ではあったが、体調不良ではなさそうなのでとりあえず放っておくことにした。
「そちらのお嬢さん、光井さんだったかしら? 想像力豊かなお嬢さんね」
「母上はほのかが何を考えているのかが分かるのですか?」
「そりゃ、同じ女だもの。この光景を客観的に見たらどうなるかぐらい分かります。達也さんが年相応に見られないという事も、妄想を加速させるのでしょうね」
「……何を考えているのかだいたい分かった気がしますが、ちょっと無理があると思うのですが」
「その辺りは妄想でどうとでもなるのよ。それにしても、達也さんを好きになる女の子って、どうしてこうも妄想力豊かなのかしらね。深雪さんにしかり、亜夜子さんにしかり」
「深雪は兎も角として、亜夜子もですか?」
達也にとって、亜夜子はそれほど妄想で楽しんでいるような子ではないと思っているのだが、どうやら真夜は違うらしい。達也の反応に驚きを見せながらも、くすくすと楽しそうに笑い出した。
「えぇ、亜夜子さんは昔から達也さんに抱かれる妄想をしているのよ。文弥さんは気づいていないようですけど、貢さんは気づいてるようね。だから必要以上に達也さんの事を目の仇にしてるのよ」
「そのような理由があったとは知りませんでした。黒羽さんから聞かされた理由は、俺が四葉にとって災厄を招く存在だからという感じでしたが」
「そんなの、先代の勝手な言い分だもの。たっくんは私の息子として生まれてきたの。まぁ、その事を知ってるのは本当に僅かな人間だけだったけどね」
「あの、達也さん。四葉家に災厄を招くというのはどういう事でしょうか?」
ここでようやく現実に復帰したほのかは、真夜が何を言っているのかが気になり達也に問いかける。その問いかけに、達也は少し難しい表情を浮かべ、ほのかはそれを見てすぐに頭を下げた。
「ゴメンなさい! 達也さんにとって聞かれたくない事だなんて知らなかったので」
「いや、別にほのかになら話しても問題は無いだろう」
そう前置きしてから、達也は周りに人がいないかを念入りに確認してからほのかに事情を説明する。
「俺が得意にしている魔法は、現代魔法に置いて最難関と位置付けられている魔法だ。ほのかは『再成』は知っているだろうし、もう一つも視たことがあるはずだ」
「……論文コンペの時に襲撃してきた相手の腕を斬り落としたり、雫の家のヘリに群がっていた蝗が一瞬にして消え去ったあれですか?」
「そうだ。あれがもう一つの得意魔法である『分解』だ。構造体に直接作用して、その対象は人だろうが機械だろうが関係なく、跡形もなく消し去ることが出来る」
「それってつまり……」
もしその魔法を人に向けた放った場合どうなるかを想像したほのかは、その光景を目の当たりにしたような錯覚に陥りバランスを崩した。
「大丈夫か?」
「は、はい……では達也さんは一瞬にして大勢の人間を殺める事が出来るという事ですか?」
「ちょっと違うわね。たっくんは人を殺すのではなく、文字通り消し去るのよ」
子供の姿で重々しい口調で告げる真夜に、達也は苦笑いを浮かべた。
「あまり違いは無いように聞こえますが」
「でも本当でしょ? たっくんは殺そうと思えば簡単に人を殺せるけど、死体なんて残さないじゃない」
「まぁ、あの魔法は人の構造体を分子レベルまで分解しますからね」
表情一つ変えずに恐ろしい事を話す母子に、ほのかは恐怖心を抱いたが、それでも達也から距離を取ろうとはしなかった。
「恐怖心より愛情が勝ったのね」
「私は達也さんのすべてを受け入れる覚悟は出来ていました。でも、想像以上に達也さんが背負っているモノは大きく、私などでは手助け出来ないかもしれません。それでも、私は達也さんの側にいたいのです」
「その気持ち、恐らく他の子も同じなのでしょうね。それくらいたっくんは魅力的な男性ですし、恐怖心を上回る愛情を抱いても仕方ないでしょう」
「母上、深雪は寝ているのであまり大きな声を出さないでもらえるとありがたいのですが」
「あら、何時の間に寝てしまったの?」
「学校を出た辺りからウトウトしていましたので、知らぬ間に寝てしまったのでしょう」
寝ながらも達也にしがみつく深雪に、ほのかは少し羨ましげな視線を向けた。当然の如く深雪は達也の魔法を知っていたわけだし、その魔法によってどんなことをしてきたのかも知っているのだ。それでもなお側にいようと思っていた深雪は、他の婚約者よりも達也に近しい存在なのも当然だと思う反面、自分ももっと早くから達也の事を知りたかったという気持ちが混ざった、複雑な視線のように真夜には思えたのだった。
『殺す』のではなく『消す』ですからね……