劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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番外編もこれで終わりです


夢の終わり

 一高の最寄り駅で真夜を葉山に引き渡し、達也はとりあえず一息ついたのだった。これで明日からはまた普通の日々が戻ってくるのだと、達也にしては珍しく平穏を取り戻せるのだった。

 

「達也さま、本当にお疲れ様でした」

 

「水波もご苦労だったな。母上と深雪の相手だけではなく、泉美を七草家まで送らせたりして」

 

「いえ、これも私の仕事ですので。それに、奥様や深雪様の相手は、基本的に達也さまのお手伝い程度にしか出来ていませんし、泉美さんを七草家へお送りしている間は、全て達也さまがお相手していたのですから」

 

 

 二人で苦笑いを浮かべながらも、達也の背中で寝ている深雪を見て同時にため息を吐いた。

 

「以前俺が術を掛けられた時には、その間の記憶は無かったのだが、今回はどうなるのだろうな」

 

「達也さまが二回目に術を掛けられた時には記憶は残っていたのですよね?」

 

「いや、小さくなった時は覚えているんだが、その後母上になにか薬を飲まされてな。そこから先の記憶は無い」

 

「では、深雪様も小さくなられていた時の記憶は無いのでしょうか?」

 

「そう願いたいな。万が一覚えていて気まずくなるのは深雪も本望ではないだろうし」

 

 

 達也の方はあまり気にしないから問題ないのだが、万が一深雪が今回の事を覚えていたら日常生活に支障をきたす事間違いなしだと達也は思っている。それは水波も同意見で、深雪が覚えていたらほぼ間違いなく顔を合わせただけで逃げ出す事だろう。

 

「もし覚えていた時はどうしましょうか」

 

「師匠に責任を取ってもらうから水波が心配する事ではない。それに、母上にだって責任はあるのだから、どうにかしてもらうさ」

 

 

 達也の人の悪い笑みを見て、水波は達也なら何とか出来るだろうと確信を持った。元々高い信頼を寄せている相手ではあるが、あの笑みを浮かべた時は既に解決の見通しが立っている時だと水波は知っているのだ。

 

「記憶は無くとも、深雪様はご自身の意思で幼児化を遂げたわけですから、日付が飛んでいても問題ないのでしょうね」

 

「恐らくはな。まぁ、何かあったかを覚えてなくても、深雪の場合は甘えた事はわかるだろうから、多少の気恥ずかしさはあるかもしれん。その時は水波がフォローしてやってほしい」

 

「かしこまりました。ですが、深雪様でしたら問題ないと思いますよ」

 

 

 最近では達也よりも水波の方が深雪といる時間が長いので、達也は彼女の言い分を信じる事にした。水波が達也を信頼しているように、達也も水波を信用しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全身が痛むような錯覚で目を覚ました真夜は、自分の身体が元に戻っているのを見てため息を吐いた。

 

「残念だわ……もう少しくらいたっくんに甘えたかったのに」

 

 

 元に戻ってしまっては仕方ないと、真夜はベルを鳴らし葉山を呼びつけた。

 

「お呼びでしょうか、奥様」

 

「葉山さん、この一週間はご苦労様でした。御覧の通り元に戻りましたので、今日からまた私が当主としての務めを果たします」

 

「もったいないお言葉、この老いぼれ、その言葉だけで逝ってしまいそうです」

 

「そう言う冗談は青木さんだけで十分です。それに、葉山さんに逝かれてしまっては困ります。まだまだ私の為に働いてもらいたいのですから」

 

「もちろんでございます。この命尽きるまで、奥様に仕える事を約束いたします」

 

 

 葉山の宣言に微笑みながら、何時も通り彼が淹れたハーブティーを啜る。司波家で生活していた時は飲めなかったので、真夜は懐かしさとともに嬉しさを感じていた。

 

「あの姿での不満らしい不満は、葉山さんのお茶が飲めなかったことかしらね。もちろん、水波ちゃんが淹れてくれたお茶も美味しかったのだけど」

 

「奥様にそう言っていただけるのはありがたい事です。奥様が不在の間、青木が少々大げさに心配しておりましたので、後程お会いになってあげてくださいませ」

 

「青木さんだって、私が何処に行っていたのか知っているのでしょう? 何を心配する事があったというのかしら」

 

「ヤツはまだ、達也殿を疑っているようですからな。もちろん、前ほど敵視しているわけではなさそうですが」

 

「近い将来自分が仕える相手を疑うなんて、やっぱり青木さんはあの男の専属にしてどこかに更迭しようかしら」

 

「アヤツめは思い込みは激しいですが、本家から遠ざけるには惜しい能力を持っております故、その判断は如何なものかと存じますが」

 

「そうなのよね……下手に有能だと手放すと困るし、遠ざけると何をするか分からないものね……」

 

 

 本当に困ったわと呟きながら、真夜はカップに残っていたハーブティーを飲み干し、小さくなっていた時に撮った写真に目をやる。

 

「こうしてみると、やっぱりたっくんは大きいのね」

 

「達也殿はあの年代の平均に当てはめても大きいですからな。奥様や深雪様が乗っても問題なさそうにお見受けいたします」

 

「少し動きにくそうではあったけど、たっくんは優しいから振り落としたりはしなかったわ」

 

 

 その時のことを思い出しながら、真夜は達也から報告を受けているだろう葉山に目をやり、深雪がどうなったのかを確認する。

 

「深雪さんの状態は?」

 

「幼児化していた時の記憶は無く、日常生活に支障はないとの事でございます。ただ、自分が何をしたのかが気になっている様子ではあるようだと」

 

「ふふ、悪いけど教えてあげられないわね。あの楽しかった記憶は私だけのものなのだから」

 

「達也殿も覚えていますが、彼にとって思い出したくない記憶かもしれませんからな」

 

「あら酷い」

 

 

 口では葉山を責めた真夜ではあったが、その顔は実に楽しそうだった。




漸く原作に戻れる……

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