劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ちょっと改変して彼女が……


五年ぶりの再会

 三月二十三日、土曜日。終業式終了後、達也は深雪と水波を連れて慌ただしく沖縄へ飛び立った。本来であれば今日は学校を休みたいところだったが、深雪は生徒会長だ。終業式を欠席するわけにはいかず、明日の朝一の便では、午後一時から開かれる沖縄侵攻事件被害者の彼岸供養式典まで慌ただしく過ごす事になってしまうのだ。当日に忙しい思いをするより、前日に多少無理をしてでも現地入りしておく方が楽だという達也の判断に、深雪も水波も同意したのだ。

 ちなみに、ほのかと雫は二十五日の便で沖縄入り、卒業生組は昨日、沖縄に到着しているはずなので、もしかしたら会う機会があるかもしれないと深雪は思っていた。

 五年前の飛行機では、達也は狭いノーマルシートだったが、今回は当然のように深雪と同じカプセルシートで、水波も同じようにカプセルシートなのだが、二人は微妙に居心地が悪そうな表情をしていた。

 

「達也さま、やはり私は今からでもノーマルシートに――」

 

「さすがにそんなことは四葉の名前を出しても出来ない、いい加減諦めろ」

 

「ですが、達也さまも若干居辛そうですが」

 

「贅沢というものに慣れていないだけだ」

 

 

 二人とは違い、深雪は快適な空の旅を楽しんでいるようで、達也も水波もそこに水を差す事は避けるべきだとアイコンタクトで一致して、沖縄に到着するまでの間、違和感と戦いながらも大人しく過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホテルにチェックインした当日に特筆すべき事は起こらなかった。翌日、三月二十四日の彼岸法要も、あらかじめ葉山が全てを手配しており、達也と深雪は案内役が言う通りに四葉家代表として振る舞えば良かったのだが、やはりここでも深雪が目立っていたのだが、これもまた特筆すべきことではない。

 式典が終わり、一旦ホテルに戻って着替え、外出し直してからが達也たちにとっての本番だった。達也たちはホテルは那覇空港のすぐ近くで、彼らの行き先は空港の隣だった。国防陸軍那覇基地のすぐ目の前にある二階建てのレストラン。沖縄料理店ではなく『取り残された血統(レフト・ブラッド)』と呼ばれる元沖縄駐留米軍遺児の子孫が経営するステーキハウスだ。貸し切りにされたその二階が、達也たちの目的地だった。

 

「おっ、達也! 久しぶりだなぁ、おい」

 

 

 店に入ると同時に、達也は髪を剃り上げた黒い肌の大男に声を掛けられた。体格に相応しく大きな、そして陽気な声だ。

 

「ジョー、ご無沙汰しています。それにしても、その恰好は? 退役した訳じゃありませんよね?」

 

 

 五年前にこの地で知り合った魔法師軍人、桧垣ジョセフは店のロゴが入った派手な色のエプロンを着けていた。

 

「もちろん現役だぜ。こないだ軍曹に昇進したんだ」

 

「それはおめでとうございます」

 

「今日はオフで、この格好は単なる手伝いだ。ノーギャラだからバイトじゃないぜ。ここは退役した友人の店なんだ」

 

「そうだったんですか」

 

「お前の方も、最近よく名前を聞くぜ。まさかあの達也が……」

 

「ジョー」

 

 

 ジョセフのセリフを遮った達也の声は、決して強い調子のものではなかったが、ジョセフはそれで自分が口を滑らせかけたことに気が付いた。

 

「おっと、いけね。引き止めちまったな。お連れさんが二階でお待ちだ。そこの階段から上がってくれ」

 

 

 達也はジョセフに目礼を返して、深雪と水波を引き連れて二階へと上がった。

 

「司波達也です」

 

 

 扉をノックして声を掛けると、すぐに鍵が外れる音が聞こえ、内側から真田が顔を見せた。

 

「よく来てくれたね。さぁ、入っ――」

 

「達也くん、いらっしゃい!」

 

 

 真田を押しのけて飛びついてきた響子に、達也は苦笑いを浮かべたが、その背後に見えた男に、深雪は口を手で押さえて悲鳴を噛み殺した。

 

「風間中佐、真田少佐、藤林中尉、今回はよろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしく頼む。今回の作戦で我々は協力関係にある。今回、大亜連合軍の陳上校は味方だ。それを理解した上で席に着いてくれ」

 

「了解しました、深雪」

 

「はい。私もそのように心得ます」

 

 

 抱き着いてきた響子のことには触れず、達也は風間が勧めた席へと腰を下ろした。

 

「早速だが、現在の状況を説明しよう」

 

「お願いします」

 

 

 風間の説明を深雪と水波は黙って聞いていた。本来この場に来るべきは達也だけで十分なのだが、達也の側を離れたくない深雪と、深雪の側を離れるわけにはいかない水波が無理を言って同行したので、口を挿むなどの邪魔はすべきではないと二人の中で決められているのだった。

 

「このオーストラリア人ですが、本当に観光なのですか? ジャーナリストということになっていますが、娘まで連れて――というか、この娘は実在するのですか?」

 

「これがその写真だ」

 

「……似てない親子ですね」

 

「本当の親子だとすればな」

 

 

 達也の意味ありげな感想に、風間が苦笑しながら答えた。

 

「カモフラージュだとすれば、こんな少女を連れてきている意図が分からん。まさか自爆攻撃に使うわけでもあるまい」

 

「本当に少女だとすれば、ですが」

 

「……見た目通りの歳ではない、と?」

 

「写真だけでは判定出来ません」

 

「ふむ、可能性は否定出来んか……だがオーストラリア人の情報は入手が難しい。君が指摘した可能性を念頭に置いた上で対応する事にしよう」

 

 

 風間は達也のことを「大黒竜也特尉」ではなく「四葉家の司波達也」として扱っている。これは陳祥山が同席しているからだろう。

 

「――藤林、いい加減彼から離れたらどうだ?」

 

「式典で疲れたので、こうして達也くんと触れ合う事で体力を回復しているのです」

 

「そんな回復方法があるわけないだろ」

 

「あら、女性は好きな人に触れているだけで回復するものですよ。ねっ、深雪さん」

 

「そうですね。私も達也様に触れているだけで疲れが溶けていくような感覚になりますので」

 

「日本には不思議な回復方法があるのだな」

 

 

 しみじみと呟いた陳祥山は、どうやら響子と深雪の言い分を信じたらしい。だが風間と真田、そして達也はそんなことあるはずないと二人の言い分を切り捨て、三人同時にため息を吐いたのだった。




素敵な回復方法だなぁ……

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