劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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親子には見えないが、同年代にも見えない……


オーストラリア軍魔法師

 ホテルに戻る、というジェームズ・ジャクソンのセリフは、嘘ではなかった。彼のセリフのうち、それだけが本当のことだった。

 

「ジョンソン大尉、さっきの怪しい日本語は何だ」

 

 

 ジャズ――オーストラリア軍魔法師部隊所属、ジャスミン・ウィリアムズ大尉は、部屋に戻り盗聴器がない事を確認してすぐ、キツイ口調で「父親」を詰った。

 

「如何にも日本に慣れていない外国人という感じだっただろ?」

 

 

 ジェームズ・ジャクソンというのは偽名で、この男の本名はジェームズ・J・ジョンソン。ジャスミンと同じくオーストラリア軍魔法師部隊の大尉である。

 

「三流コメディアンではあるまいし。あれでは無用な注目を集めるだけだ。現にあの少年たちは不審を抱いていたようだぞ」

 

「マジか」

 

「……次こそはパートナーを変えてもらおう」

 

「聞き入れられないと思うぜ」

 

 

 ジェームズが言うように、彼とのコンビは昨日今日始まったものではない。親子の設定も、工作任務の度に押し付けられていた。

 ジャスミン・ウィリアムズ大尉は調整体魔法師だ。彼女はほぼ計画された通りの魔法技能を持って誕生したが、調整の副作用と考えられている遺伝子異常を抱えていた。身体が成長しないのだ。

 彼女が今の――十二歳相当の外見になったのは二十歳の時。そしてそれ以降の九年間、全く成長が見られない。プロジェリア症候群の逆パターンだ。

 オーストラリア軍は彼女の遺伝子異常を治療しようとはしなかった。妙齢の美女とはまた別の、高い利用価値があると考えたのだ。

 ただ十二歳の子供という肩書と外見は、警戒されない代わりに様々な場面で行動に制限を受ける。それをカバーする「親」の役を担うのがジェームズなのだ。

 この親子の設定も、見た目だけではなく魔法の相性を兼ねてのものなので、彼が言うように変更は聞き入れられないだろう。ジャスミンもそれが分かっているので、ため息を吐いて話題を変える事にした。

 

「あいつらの素性は分かったか?」

 

「大亜連合の工作部隊。俺たちのご同類だ」

 

「やはり追跡部隊か。いったいどうやって私たちの素性を突き止めたのだろう?」

 

 

 ジャスミンは納得顔で頷いてから、訝しげに首を傾げた。そして彼女の問いかけに対するジェームズの回答は、あっさりしたものだった。

 

「そりゃあ、日本軍の情報部あたりから教えてもらったんじゃないか?」

 

「大亜連合と日本軍が手を組んでいるということか?」

 

「そうでなきゃ、やつらがあんな大っぴらに活動出来るはずがない」

 

「講和条約を結んだばかりだし、それほど意外な事でもないか」

 

 

 ジェームズの推理は深く考えたもののようには聞こえなかったが、ジャスミンはそれで納得した。

 

「新ソ連とかUSNAに付け込まれないよう、仲直りしたところを見せなきゃならんからな」

 

「非公式の作戦とはいえ協力し合うことで、各国の工作員に付け入るスキを見せない、というところか」

 

「それだけじゃないだろう。反講和派の破壊工作なんぞ許した日には、日本も大亜連合も面目丸潰れだ。大亜連合は脱走兵を自分たちの手で始末したいだろうし、日本は自国の領土内でこれ以上テロ事件なんぞ起こされるわけにはいかない。多少の融通くらい利かせるだろうさ」

 

「私たちとは見事に利害が対立しているな」

 

「それも当然だ。なんたって俺たちは、一大国家プロジェクトのスタートセレモニーを台無しにしようとしているんだから」

 

 

 二人は現状について話し合っていただけではなく、意見を交換しながら荷造りを進めていた。

 

「こっちは終わったぞ。ジャズ?」

 

「こっちも終わった。行こう」

 

 

 狙われたということは、当然このホテルもマークされている。二人は堂々とチェックアウトして、尾行を撒くために少々手荒な手段を採ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風間と密談したステーキハウスから少し歩いたところで、達也は深雪に話しかけた。

 

「一旦ホテルに戻るか」

 

「そうですね。少し、疲れました」

 

「タクシーを手配しますか?」

 

「ええ、お願い」

 

「かしこまりました」

 

 

 水波が自分のハンドバッグから携帯端末を取り出して、無人タクシーの配車センターにアクセスしようとしたが、すぐに訝しげに眉を顰めた。

 

「水波、どうした?」

 

「それが……タクシーセンターが応答しないんです」

 

「タクシーセンターが? ――つながらないのは交通機関の一部だけ……ソフト的な障碍ではないな。ハードウェアの故障……いや、破壊工作か」

 

 

 達也の呟きに、深雪の顔色が変わり、水波も表情を硬くした。

 

「テロリストに先を越された……ということでしょうか?」

 

「局所的に通信網を遮断しても、代替の回線に切り替わるだけだ。別の破壊工作、例えば放火や武装蜂起などと連携しなければテロ活動としての意味は無い」

 

「あっ、つながりました」

 

 

 水波が思わず発した言葉が、達也のセリフの証明となった。

 

「おそらく、逃走の為だな。計画的なものか、行き当たりばったりだったのかは不明だが、こちら側の追跡を振り切るために中継基地局をいくつか破壊したのだろう」

 

「……もしかして、破壊工作員は私たちのすぐ近くにいるのでしょうか?」

 

「近くにいた、と言うべきだ。新たな妨害工作も見られないようだし、既に逃亡済みの可能性が高い。水波、タクシーを呼んでくれ。行き先はホテルだ」

 

「かしこまりました、達也さま」

 

 

 破壊工作の首謀者らしいという手掛かりだけでは、達也のエレメンタル・サイトを以てしても犯人までたどり着くのは不可能だし、今回達也が張り切る必要は無い。「箱根テロ事件」の際とは、対応にあたっている人材の質が違う。ネットワークに対する工作であれば、真田と響子が何らかの手掛かりを見つけているだろうし、もしかしたらすでに所在を押さえているかもしれないのだ。

 適材適所という言葉で今の一件を棚上げして、達也は深雪、水波と共にやってきた無人タクシーに乗り込んだのだった。




いろいろ大変なんだなぁ……

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