劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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さすが金持ち……


サプライズプレゼント

 二〇九七年三月十五日。破壊工作員から要注意人物認定を受けた達也と深雪は、今日も精力的にカウンターテロ作戦に勤しんでいた――という事実は無い。二人はホテルでゆったりとした時間を過ごしていた。

 

「たまには贅沢をするのも良いものですね」

 

「そうだな」

 

「私は落ち着かないのですが……」

 

 

 バルコニーのテーブルで朝食を摂っている主二人の会話に、給仕をしている水波が恐る恐る反論する。三人が泊まっている部屋はツーベッドのスイートだ。今回は表向き、沖縄侵攻事件の犠牲者供養式典への出席と夏の慰霊祭の打ち合わせという公的な仕事に、四葉家を代表して来ている。他の十師族は式典に参加していなかったから、師族会議を代表してと言い替えても過言ではないため、当然費用は本家持ちだし、十師族の権威を示すためという意味合いから用意された部屋は最高級だった。

 その為水波にとっては非常に居心地が悪く、落ちつかないために、何度も「自分はもっと安い部屋に」とアピールしているのだが、その都度――

 

「護衛役が護衛対象の側を離れてどうする」

 

 

――このように諭され、言葉を失ってしまうのだ。

 

「申し訳ございません」

 

「水波ちゃんも、そろそろ席に着きなさい」

 

「はい」

 

 

 テーブルの上に食事と飲み物が揃ったところで、深雪が優しく声を掛ける。こういう時に逆らっても無駄だと学習していた水波は、素直に腰を下ろしたのだった。

 

「深雪、疲れは取れたか?」

 

「はい。昨日は夕方からゆっくりさせていただきましたので、気怠さはすっかり取れました」

 

「それは良かった」

 

 

 達也は深雪の言葉が強がりでないのを自分の「眼」で確認して優しく微笑んだ。その視線に深雪は恥ずかしそうに眼を逸らしたが、気弱な自分を恥じるように、目元を赤く染めながらすぐに視線を戻した。

 

「今日は少し遠出をしてみないか?」

 

「はい、喜んで!」

 

 

 達也が自分の為に時間を割いてくれるという事が嬉しかったのか、深雪の返事に迷いはなかった。そもそも達也の決定に口出しするような不遜な真似をするなど、深雪には思いもよらないことなのだ。

 

「水波もついて来てくれ」

 

「かしこまりました」

 

 

 水波の場合は、主人の言い付けに背くという選択肢はそもそもないので、こちらも迷いなく返事をする。

 

「船に乗るから、二人とも動きやすい恰好に着替えてほしい」

 

「分かりました。少しお待ちいただけますか?」

 

「急かすつもりは無い。その間に準備をしておくから、水波は深雪の支度を手伝ってやってくれ」

 

「仰せのままに」

 

 

 深雪と水波が自分たちの部屋に引っ込んだのを確認して、達也も着替えを済ませる為、ベッドルームに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 港に着いた達也は、深雪と水波を連れて外洋航行が可能なクルーザーに乗り込んだ。

 

「よう、来たな」

 

「ジョー、今日はよろしくお願いします」

 

「あの、お兄様……これは?」

 

 

 クルーザーで達也たちをまっていたのは、昨日再会したばかりの桧垣ジョセフ軍曹だった。昨日は思いがけない再会にただ驚いただけだったが、これはさすがに理解が追い付かず、深雪は他人の前で「達也様」と取り繕う事も忘れていた。

 

「桧垣ジョセフ軍曹であります。本日は皆さまの護衛を務めさせていただきます」

 

 

 そこまで丁寧な口調で告げた後、ジョセフはにやりと愛嬌のある笑みを浮かべた。

 

「護衛と言っても、実際には接待だな。お偉いさんたちも『四葉』の名は無視できないらしい。かといってうるさがられては逆効果。基地の上層部が悩んでいるところに風間中佐から『四葉家の次期当主と面識がある下士官がいる』って助言があって、そいつに護衛の名目で観光案内させようって話になったんだ。つまり、俺だな。そんなわけで達也に行きたいところを尋ねたら、石垣島ってリクエストがあったんで軍の高速艇を乗組員ごと借りてきた。軍用っていっても偉い人の視察用だから、乗り心地は保証するぜ」

 

「石垣島へ? そんなに遠くまで足を伸ばされるおつもりだったとは存じませんでした」

 

「天候次第では中止しなければならなかったからね。がっかりさせたくなかったんだ」

 

「びっくりしました……ですが、嬉しいです」

 

 

 深雪は言葉通りの笑顔を達也に向け、石垣島までのクルージングを楽しんだのだった。

 上陸してすぐ、用意されていたレンタカーに乗り込み、ジョセフの運転で観光スポット巡りをした一行は、そろそろ本島へ戻らなければならない時間になったのを確認して、達也がジョセフに有名な真珠専門の宝石店へと向かわせた。ジョセフには表で待っていてもらい、達也は深雪と水波を連れて店内に入った。

 

「司波達也ですが」

 

「お待ちしておりました」

 

 

 達也が名を告げると、店員が奥のテーブルへ案内する。明らかに来店を予約していたと分かる対応に、深雪は訝しさと期待を覚えた。

 

「こちらでございます」

 

「まあ……っ!」

 

 

 いったん引っ込んだ店員が持ってきたネックレス用のジュエリーケースの中には、深雪が思わず感嘆を漏らす程に見事な真珠のマルチカラーネックレスが入っていた。白、黒、金、三色の真珠を組み合わせたもので、専門家で無くても分かるくらいの高級品だった。

 

「長さを見てもらえませんか」

 

「かしこまりました」

 

 

 達也の言葉に店員が頭を下げ、深雪に「お付けしましょうか?」と伺いを立てる。

 

「あの、私に……ですか?」

 

 

 他に考えようも無い。だが、それで思わず深雪は達也にそう尋ねた。

 

「もちろん。お誕生日おめでとう」

 

 

 深雪が口を両手で覆う。達也はいつも通り平然とした顔をしているが、表情と口調以外の部分で、なんとなく照れくさそうにしていた。

 

「ありがとうございます。とても嬉しいです、達也様」

 

 

 感極まったのか、深雪の目が潤んでいる。彼女が「お兄様」ではなく自然に「達也様」と口にしたことに、水波だけが気が付いたのだった。




指輪の下りは無しで

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