ほのかと雫がこの砂浜で達也相手に積極的に出たのは、他の婚約者からの提案があったからだ。家の都合上、他の婚約者たちは沖縄に来ることが出来なかった。そこでこのままでは深雪が一歩も二歩もリードしたままになってしまうと考え、ほのかと雫に深雪の独走を止めてもらおうと考えたのだった。
「泳がないにしても海にはいくわけだし、水着になってもおかしくは無いと思うんだ」
「そんなの恥ずかしいじゃん!」
「良いんじゃない? ほのか、スタイル良いんだし」
「雫まで……」
沖縄に向かう数日前、ほのかと雫はスバルとエイミィと四人で出かけていた。そこでスバルとエイミィは、ほのかを使って深雪に達也を独占させるのを阻止しようと考えたのだった。
「ほのかが水着で迫れば、達也さんだって無反応とはいかないだろうし、深雪にプレッシャーを掛ける事も出来るかもだしね」
「そんな無責任な事を言わないでよ! そもそも先輩たちもいるかもしれないのに、一人だけ水着だなんて恥ずかしいよ」
「だったら、雫も一緒に水着になればいい。雫は司波くんに自然にくっつく事が出来るんだし、それをお手本にしてほのかも甘えてみたらどうだい?」
「どうだいって、スバルがそれをやれと言われてすぐに出来るの?」
「……難しいところだね」
自分がそんなことをする光景を思い浮かべたのか、スバルは苦笑いを浮かべながら視線をほのかから逸らした。
「自分が出来ない事を私にやらせようだなんて、無責任にもほどがあるよ!」
「ボクにはほのかみたいな武器が無いからね。ボクがくっついても反応は期待できないよ。そもそもボクは、十三束に同性の友達みたいだと言われたからね」
スバルが自分の胸に視線を落とした後、ほのかの胸に視線を向ける。
「それにこのままだと、同じ婚約者でも差が大きくなってしまう。深雪と七草先輩がボクたちとは比べ物にならないくらい仲良くなってしまい、司波くんの中でもそういう認識になってしまうかもしれないだろ?」
「達也さんが私たちの事を邪険に扱うとは思えないけど」
「そうかもしれないが、そうじゃないかもしれないだろ? だから沖縄という舞台はその可能性を潰すいい機会だと思うんだ。それに、ほのかや雫なら、司波くんと深雪の間に割って入っても不自然ではないし、君たちだって司波くんと一緒に過ごしたいだろう?」
スバルの言い分に、ほのかと雫は考え込む。確かに達也と一緒に過ごしたいし、深雪や真由美のように達也に対して自然に甘えられたらこれ以上の幸せは無い。
「でも、いきなり水着になったら不自然じゃないかな?」
「ビーチにいるならそれくらい普通だろ。それにそんなことを気にしているようでは、ますます深雪や七草先輩に差を広げられるだけだぞ」
「そうだよ。行けない私たちの分まで、ほのかと雫が達也さんに甘えまくって、他の婚約者にもチャンスを増やす勢いで!」
「そもそも、達也さんは誰かを特別視してるわけではない。まぁ、深雪は別格だけど」
雫の最もなツッコミに、スバルとエイミィはそろって視線を逸らし、あからさまに話題を変えたのだった。
そんなやり取りがあったなど露知らず、深雪は水波と共に達也たちと別行動をしていた。
「み、深雪様……あたりが氷漬けになってしまいます」
「……水波ちゃん、私が迂闊だったのかしら」
「さ、さぁ……さすがにこの海水温で水着を用意するなどとは考えないでしょうから、光井様と北山様を褒めるべきかと」
水波の言葉に、深雪は深いため息を吐いた。そのため息と一緒に、辺り一面を凍らせるのではないかと思うくらいの冷気も吐き出されたように水波には感じられ、慌てて深雪のフォローに回るのだった。
「深雪様の事を達也さまは第一に考えておられますし、そこまで悲観する必要は無いと思うのですが……」
「水波ちゃん」
「は、はひっ?」
「達也様が私の事を大事に思ってくださっているのは分かっているわ。でもそれはあくまでも妹として。一人の女としては他の人と変わらない――いえ、女性と見られていない以上、私の方が二歩も三歩も後れを取っているのよ」
底冷えのするような視線と、言葉に込められた意志のみで、水波は身動きが取れなくなってしまった。達也とはまた違う、視線で人を動けなくする術を深雪も持ち合わせていたのだ。
「とにかく、船に戻ったらほのかと雫に負けないくらい達也様にくっついて、割り込む余地など無い事を教えてあげないと」
「で、ですが深雪様……達也さまの婚約者様一同は抜け駆け厳禁、平等に愛してもらうという事を前提に今の地位で納得しているのです。そこに深雪様がそのような行動を取れば、達也さまにご迷惑がかかるのではないでしょうか?」
達也に迷惑が掛かる、その一言が深雪の考えを改めさせた。さっきまで漂っていた冷気が一瞬にして消え去り、何かを考え込むように深雪はその場に立ちすくんでいた。
「あの……深雪様?」
「そうよね。達也様にご迷惑を掛けるわけにはいかないわよね……でも、ほのかと雫の行動を笑って見ていられるほどの余裕は無いし……」
「自然な関係でいられるという事は、強みなのではないでしょうか?」
「そうかしら……でも、今のところ達也様と自然な位置でいられるのは私だけ……妹から一人の女として意識してもらえるようになれば、私が一番という事に……」
何とか物騒な思考からは抜け出したようだと、水波は深雪に見えない角度で安堵の表情を浮かべ、達也に同情的な感情を抱いたのだった。
嫉妬で海が凍る……