水波が障壁を解除した事により、海面に泡がゆっくりと広がり押し寄せて来る。
「発泡魚雷。足止めが狙いか」
「僕に任せて」
達也のセリフは独り言というよりも服部たちに解説しているような趣があった。そのセリフに反応した五十里がCADを操作して大きく右腕を振る。すると海面の泡が、ワイパーで拭き取られたようにかき消された。
「次は恐らく、魚雷型有人艇による襲撃」
「第二波、接近!」
達也の予測にかぶせるようにして、ソナー員の叫びが耳に届いた。
「お返しだ!」
四条の航跡を刻む魚雷に、服部の魔法が炸裂する。海中に生じた気泡が四基の魚雷を包み込んだ。スクリューが推進力を発揮出来なくなっただけでなく、前へ進む慣性も泡に食われて魚雷が立ち往生する。
魚雷型有人艇の背面が大きく開き、中から一人ずつ、ドライスーツのような戦闘服を着た男が飛び出す。
「任せろ!」
海面から跳び上がった男へ向かって、沢木が甲板を蹴った。男より高くジャンプした沢木が、鋭角に軌道を変え急降下する。沢木のキックが、敵を海中へ叩き落とした。飛行魔法ではなく、ベクトル操作による空中機動。沢木は空気を足場に再び跳び上がり、もう一人を撃墜するが、残る二人の敵がグラスボードに乗り込んできた。
「任せて良いんじゃなかったのかよ!」
セリフの内容に反して、桐原の口調は楽しそうなものだった。
「爆釣だぁ!」
桐原がノリの良い気合いと共に、手に構えた釣竿を敵に打ち込む。敵の男は腕を上げて打ち込みを受け――いや、腕の前に展開した対物障壁で桐原の高周波ブレードを防御していた。
「おりゃおりゃおりゃ! はっはっはぁ!」
しかし桐原の攻撃は、それで終わりではなかった。高周波ブレードに併用される自壊防止術式で強靭な得物と化した釣竿で、雨霰と剣劇を繰り出す。
最後の一人は、仲間が切り刻まれるのを黙って見ていたわけではない。連続攻撃について行けず防御一辺倒になった味方を援護すべく、桐原に銃口を向けた。しかし引き金が引かれることは無く、背後から無数の礫に襲われて、その男はうつぶせに甲板へ倒れたのだった。
礫の正体は海水から作り出した氷。服部の魔法だ。服部の持ち札は、真由美が使う魔法と似ている術式が多い。これは偶然ではなく、服部がそれだけ真由美の事をよく見ていたという事だが、彼は真由美の魔法を単に真似するだけではなく、良く消化して自分のものにしていたのだ。
「こいつらは?」
船上に戻ってきた沢木が、服部と桐原に倒された二人の男を見下ろしながら誰にともなく問いかける。それに応えたのは達也だった。
「海賊……海中海賊というべきでしょうね」
達也は服部に倒された海賊を写真に収めると、その横にしゃがみ込んでドライスーツのような戦闘服のベルトを両手で掴み、立ち上がる勢いを利用して海に放り込み、桐原に何か所も斬られて血を流している男も撮影した後、足を掴んで甲板の端へ引き摺って行く。
「おいっ!?」
「こいつらの身柄がこちらの手の中にある限り、海賊は何時までもしつこく襲ってくるでしょう」
「取り戻しに来るというのか?」
「あるいは、正体がバレないようにこちらの船ごと沈めようとするか、ですね。こうしておけば、海賊が仲間を回収する間、時間を稼げます。その隙に逃げましょう」
「分かりました」
服部の疑問に答えた後、足を引きずっていた海賊を船縁から投げ落とし、様子を見に来た船長へ指示を出す。船長は顔を蒼ざめさせながらも、部下に指示を出すべく足早に操舵室へ戻っていった。
「……お前ってつくづく恐ろしいヤツだな」
身震いする桐原に向かって、達也は肩を竦めてみせた。
達也の読み通り、潜水艦はそれ以上追いかけてこなかった。これは達也の推理力が優れているというより、背景を知っているかいないかの違いによるものだ。
「だから無用な手出しはするべきではないと忠告したのです」
大亜連合脱走兵集団のリーダー、ダニエル・劉少校を嫌味な口調で詰ったのは、オーストラリア軍魔法師部隊に所属する工作員、ジェームズ・J・ジョンソン大尉だ。
「高校生だからといって侮れない。そういったのはリウ少校殿、貴官でしょう!」
今回負傷したのは大亜連合の脱走者のみ。彼としては無用な騒ぎを起こして日本側が警戒を強めるに違いない事が無性に腹立たしかったのだ。
「それで、これからどうするのです」
「作戦対象を二十八日のパーティーに絞ります」
「妥当なご決断だと思います」
礼儀に配慮したジョンソンの物言いも、今は小馬鹿にされているようにリウには感じられた。そのフラストレーションを紛らわせるために、リウは話題を変えた。
「しかし分かりません。何故我々の存在が嗅ぎ付けられてしまったのでしょうか」
「……アクティブソナーを使ったからではありませんか」
「それはそうでしょう。しかし民間の客船や遊覧船のアクティブソナーは航行の障碍となる浅い深度を対象としたもので、本来なら海底付近に沈んでいた本艦を探知できるものではありません」
リウは一旦言葉を切って、ジョンソンが彼の言っている事を理解しているかどうか確認した。ジョンソンの瞳から、無関心のベールが取り除かれていた。
「彼我の距離はまだ五百メートルもあったのです。この艦の座標に見当をつけて狙い撃ちしない限り、民間船のソナーでは探知できるはずが無いのですよ」
「……これも四葉の魔法ですか?」
ジョンソンの声に恐れが混じる。彼を動揺させたことで、リウは少し溜飲を下げたのだった。
自分で戦わずして勝つ、さすが達也……