九校戦前の懇親会は、選手だけでも三百六十人を超え、裏方も合わせると四百人くらいにはなる。まあ何かと理由をつけて欠席するものも居るので、全員参加と言う訳にはいかないようだが、それでも三百は軽く超えているのだ。
そんな中で達也は一科生のブレザーを着て参加していた。さすがにエンジニア用のブルゾンではマズイと言う事だったので、用意してあった予備のブレザーを着たのだが、丈は兎も角わき腹の辺りがキツイと感じるものだったのだ。
「お兄様、大丈夫ですか?」
「ああ、そんなに気になるほどでも無いさ」
オーダーメイドでも無い限り自分ピッタシなものがある訳無いと分かっている為、細かい部分にはこの際目を瞑った達也。それでも深雪は心配そうに達也のわき腹部分を見ている。
「深雪さん、ちょっと良いかしら」
「はい、会長」
真由美に呼び出されて深雪が達也の傍から離れていく。漸く一息吐ける状況になった達也だが、何処からか視線を感じてホッとすると言う気持ちにはなれなかった。
「お客様、お飲み物でも如何でしょうか?」
「エリカ? ……関係者と言うのはこう言う事か」
「深雪に聞いたの?」
ウエイトレスの格好をし、普段していない化粧をしているエリカを見て、「化けたな」と思った達也だが、そんな事は口にしない。それにエリカにはそれが似合っていると感じているのだ。
「(エリカには……?)」
何故そう思ったのかを考えていると、背後から深雪がやって来た。
「ハイエリカ、可愛い格好してるじゃない」
「でもねー達也君は褒めてくれなかった」
「お兄様にそのような事を期待しても無駄よ。お兄様は外面では無く内面を見て評価してくださるから」
一瞬深雪が達也の事を否定したと思いたじろいだエリカだったが、最終的には納得顔で頷いた。
「なるほど、達也君はコスプレには興味ないのか」
「その格好ってコスプレなの?」
「男の子にはそう映るみたいよ」
「男の子って西城君?」
「ミキよ。コスプレって口走ったのは。当然お仕置きしてやったけどね」
悪い笑みを浮かべているエリカを見て、達也は幹比古に同情したのだが、深雪は聞いた事の無い名前に首を傾げる。
「ミキ?」
「あっそっか! 深雪にはまだ紹介してないんだっけ」
そう言ってトレイを片手で持ったまま人ごみをすり抜けてどこかに行ってしまったエリカ。
「何処に行ったのでしょう……」
「多分幹比古を呼びに行ったんだろう。吉田幹比古、深雪も名前は知ってるだろ?」
「お兄様のクラスメイトで魔法理論で学年三位だった人ですよね」
「そうだ。如何やらエリカの昔なじみだったらしい」
答えを期待していなかったつぶやきに答えてもらい、深雪は嬉しそうに達也の腕を取ろうとした……だがそれは出来なかった。
「深雪」
「此処に居たんだ」
「ほのか、雫」
深雪の事を探していたのであろう、ほのかと雫は深雪の姿を見つけると少し駆け足で近付いてくる。
「君らは何時も一緒なんだな」
「そうですね」
「友達だし、別行動する理由も無いから」
「そうか」
達也の素朴な疑問に、雫が答え達也を納得させる。自分たちも結構一緒の時間が多い事に気付き、達也は少し苦笑い気味に笑った。
「他の人たちは?」
「あそこ」
雫が指差した事で深雪の視線がそちら側に向く。視線を向けられたメンバーは気まずそうに視線を逸らした。
「何あれ?」
「深雪と話したくても達也さんが居るから如何したら良いか分からないんだよ」
「俺は番犬か?」
「皆達也さんと如何接したら良いのか分からないんですよ」
チームメイトとして深雪に話しかけたいのだが、一科のプライドが邪魔をしてるのと、単純に接点が無いのとで、達也を如何扱って良いのか分からないのだろう。
「深雪、皆の所に行っておいで」
「お兄様?」
「後で部屋に来ればいい。俺のルームメイトは機材だからね。ほのかと雫も来て構わないから」
イマイチ納得していなかったが、深雪が達也の言いつけに背くはずも無く大人しくチームメイトの傍に移動した。
「司波君って大人なんだね」
「千代田先輩」
「でも、あれって問題の先送りだよね」
「先送りで良いんですよ。ある程度時間が解決してくれる問題ですから」
「花音、司波君の言う通りだよ。物事には拙速を尊ばないものもあるんだ」
深雪が離れていったと思ったら、今度は五十里・千代田の先輩カップルが達也の傍にやって来た。如何やら今のやり取りを聞いていたらしい。
「だが若さが無いのも確かだな」
「摩利さん!」
「五十里、中条が探してたぞ」
摩利までもが加わり、達也は一息吐けるどころかため息を吐きたくなってしまった。普段人ごみを嫌っている節のある達也としては、此処は地獄の他何でも無い。
「連れて来たよーって、深雪は?」
「チームメイトのところに行かせた。後で俺の部屋に来るからそこで紹介する」
前半はエリカに、後半は幹比古に言った言葉。その言葉を聞いて幹比古が少し気まずそうだと達也には思えた。
「別に無理にとは言わんが」
「ち、違う違う! 初対面でこの格好は恥ずかしかったからホッとしたんだ」
「そうか? 従業員の格好としては普通じゃないのか?」
「ほら! ミキが気にしすぎなだけだって」
「僕の名前は幹比古だ! 大体何で僕がこんな格好を……裏方のはずだったろ!」
「だから手違いだってば! ほらミキ、あそこのテーブル、お皿が空いてるわよ」
「……覚えてろよ」
捨て台詞を吐き幹比古はウエイターの仕事に向かう。
「……何時も忘れちゃうクセに」
「事情は分からないが、もう少し手加減してやったら如何だ?」
「単なる八つ当たりよ。ミキがこう言うの苦手なの知ってるしね」
「怒らせたかったのか?」
「如何だろう? ミキが何か妄執してるのを知ってるからね……屈折してるのを見るとイライラするってのもあるけど」
「優しいんだな」
達也のセリフにエリカは首を振る。
「八つ当たりって言ったでしょ。私も似たような感じなんだよ」
「……事情は聞かない。聞いても仕方ないしな。今のは忘れる事にしておく」
「そうしてくれる。……ねぇ達也君」
「何だ?」
「達也君ってさ、冷たいよね」
「酷い言い草だな」
達也の顔にはそれ程エリカに向けての抗議の色は見られない。言葉では兎も角、内心ではそれ程酷いとは思って無い証拠だろう。
「でも今はその冷たさがありがたいかな。同情されないし、安心して愚痴をこぼせるって言うかさ、惨めにならなくて済むんだよね……ありがと」
最後の聞き取れるか微妙なくらいの声量でのお礼は、達也の耳にしっかりと届いていた。逃げ去るように達也の傍から離れていくエリカの後姿を見送りながら、悩みは誰にでもあるものなんだなと思いグラスに残っていたものを飲み干した達也。その姿を見つめている視線に、如何対応したものかと、既に達也の頭の中は別の悩みで埋まっていたのだった……
次で絡みがもてるかな……