劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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圧倒的過ぎる……


制圧

 達也が後方から魔法を放つ。柳と呂剛虎の進路上で起動しようとしていた遠隔操作の銃座がバラバラになった。達也が再び魔法を放つ。ガス装置の配線が切れる。三度達也が魔法を放つ。隔壁の電力線が切断される。

 響子や真田がハッキングするよりも効率は悪いかもしれないが、ハード的に作動不能にするため、すぐには復旧しないという強みがある。

 船体を直接破壊されなくても、移動式偽装ドックは達也によって内部から分解されていった。

 

「そのくらいで良いだろう。柳も陳上校も、目的地に着いたようだ。これ以上、君の魔法を知られるリスクを冒す必要は無い」

 

「了解です」

 

 

 達也の隣を歩いていた風間から制止の声がかかり、達也は風間の言葉に頷いて、仕上げとばかり潜水艦のスクリュープロペラとシャフトの結合を分解したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 柳と呂剛虎は、同時に係船ドックに侵入し、顔を見合わせた。呂剛虎が潜水艦へ跳躍し、柳はドックの通路を走った。彼らの進入路とは別の出入り口から敵兵が出現する。

 柳は敵の武装を確認し、部下に先んじて敵兵と接触し、相手に引き金を引く暇を与えずに掌底を決めた。物理的な打撃だけでは、決してあり得ない距離と高さを敵兵が舞った。動作に連動して発動した加速魔法が、顎だけでなく敵兵の全身を軋ませた。

 柳目掛けて両側から銃剣が突き込まれたが、柳は即座に右側の敵の懐へ踏み込み、アサルトライフルのキャリングハンドル掴み、敵兵をつんのめさせ、襟をつかみ敵の側面を滑るようにすり抜け背後に回り込み、敵兵の銃剣がお互いの胸元に迫っているのを確認し、敵の背中を叩くことで最後の一押しを加えた。

 僚友二人の末路を見た残りの兵士たちは、どう戦えばいいか悩み、それが隙となりあっさりと全滅させられたのだった。

 潜水艦を挟んだ向こう側の通路から、銃撃が飛んでくる。

 

「三人、ついてこい。残りは援護と、こいつらの拘束だ」

 

 

 部下の返事を待たず、柳が回廊状の通路を走り出す。彼のすぐ後ろにいた部下が三人、それに続き、残る四人は柳の命令通り一人が倒した敵を拘束し、三人が援護射撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 潜水艦に飛び乗った大亜連合部隊は二手に別れた。陳祥山は四人の援護に囲まれ上甲板に残り、残る五人で呂剛虎を先頭に艦内に侵入した。

 呂剛虎の体格では艦内の所々で頭が天井につかえてしまうのだが、彼はまるきり不自由を感じさせない動きで中の脱走兵を次々に薙ぎ倒していく。

 呂剛虎がハッチから艦体後方へ、残る四人が前方へ進撃し、戦闘は短時間で終結した。

 

『艦内の制圧、完了しました』

 

『ダニエル・リウはいたか』

 

 

 呂剛虎からの通信に、陳祥山が質問を返す。

 

『いえ、艦内にはいません。ブラッドリー・チャンも同様です』

 

『脱走兵の拘束は他の者に任せ、上尉はすぐに合流しろ』

 

『是』

 

 

 ブラッドリー・チャンは最初から別行動をしていた可能性が高い一方で、ダニエル・リウはここにいると陳祥山は確信していた。潜水艦内にいないとすれば、移動ドックの指令室だろう。

 

「(日本人に先を越されたかもしれんな……)」

 

 

 陳祥山はそう考えながらも、全く焦っていなかった。彼らに与えられた任務である破壊工作阻止と、脱走兵の捕縛という結果が得られれば、首謀者をこの手で捕らえる必要は無いので、陳祥山は呂剛虎が合流するまで、その場にとどまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 風間と達也はタンカーに偽装した船体の艦橋へ向かっていた。二人も最初は潜水艦を抱え込んだドックへ向かうつもりだったのだが、柳から敵兵が予想より少ないという報告を受けて移動ドックその物を制圧する事にしたのである。

 達也と風間は既に、二人×二組、合計四人の偵察兵とすれ違っている。敵の兵士は正面から向かい合いながら風間と達也を認識しなかった。

 

「(これが鬼一法眼が編み出したと伝えられる『天狗術』の一つ『隠れ蓑』か。ヨーロッパの古式魔法『ハイディング・マント』と同系統の術式だな)」

 

 

 鬼一法眼といえば源義経に兵法を盗まれた伝説で知られる陰陽師であり、また古流の剣術・京八流の始祖とも伝えられる剣術の達人である。

 しかし魔法の存在が認知されるに連れて、鬼一法眼にはもう一つの伝説が加わった。源義経とのかかわりから、古来より鬼一法眼は鞍馬天狗と同一視される傾向があった。

 鬼一法眼が天狗と呼ばれたのは、陰陽術を対人用にアレンジし、後に忍術へ導入された『天狗術』を編み出したからだと言われている。

 風間は八雲に弟子入りする前から、この天狗術を修めていた。風間の異名『大天狗』はこの古式魔法に由来している。彼は八雲の指導により数多くの忍術を習得しているが、風間が本当に得意にしている魔法は、今でも天狗術である。

 認識阻害魔法『隠れ蓑』は天狗術の代表的な魔法の一つ。これは小野遥の先天的特異魔法技能(BS魔法)に似ている。見えているのに見ない。聞こえているのに聞かない。見えているから避ける。だが、避けたことに気付かない。

 風間が指令室のドアを開ける。中にいた大亜連合脱走部隊の幹部はその音に振り向いたが、風間の姿を目にするなり興味を失ったように顔を戻した。

 

『状況を報告せよ! おいっ! ……駄目です、少校殿。迎撃部隊は全滅したものと思われます』

 

『潜水艦に残っていたものも通信に出ません。我々だけでも脱出するべきだと考えます』

 

 

 指令室に残っていたのは三人。他の者はドックに遣ったか、偵察に出したのだろう。この三人が破壊工作を目論む敵の幹部だと確信し、風間は達也に目で合図した。

 達也の『分解』が大亜連合脱走士官の身体に穴を穿つ。両肩、両足大腿部の、一人四か所。十二本の魔法を同時に放ち、達也は敵の幹部を一瞬で無力化したのだった。




天狗術スゲェー

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