劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この人もなかなか有能そうですね


パーティーに向けて

 いよいよ三月二十八日になった。達也の四葉家次期当主としての公務を代行していた深雪の仕事は、昨日で終了した。今日は友人の招待でパーティーに出席する予定であり、達也もそれに付き合う事になっている――というのが表向きのスケジュールだ。

 しかし四葉家現当主に任された仕事は今日が本番。都合よく潜り込むことに成功したパーティーに対するテロ工作を阻止するのが本来の仕事だった。

 

「深雪様がパーティーに出席される手筈は整えておりましたが、不要になってしまいましたね。しかし、達也様までパーティーに参加されるのは、果たして良い事なのかどうか判断がつきかねますな」

 

 

 そう話しかけてきたのは、四葉家から派遣された白川執事だ。彼は八人の執事の内の六位であり、四葉の秘密に関わる資格を持った上位三人には含まれない。

 しかしその秘密は四葉本家、分家の中でも当主を含む一握りの人間と、執事第一位の葉山、第二位の花菱、第三位の紅林、そして旧第四研の中枢施設に関わる技術者のみに知ることを許された秘事であり、白川を含む四位以下の執事が世間に対して秘匿されている四葉家の事情を知らないという意味ではない。

 白川も任務の遂行をサポートするのに十分な知識を持っている。だからこそ、彼はここに派遣されているのだった。

 

「行動を制限されてしまうのは確かですが、今回は敵が何時、何処を狙ってくるのか分かっていますからね。対応も楽です」

 

 

 白川執事の懸念に対して、達也も同感だったのだが、深雪が達也のエスコートを楽しみにしているという理由だけで、達也が出席する理由になる。だが彼のセリフからも分かるように、パーティーが狙われる以上、達也も参加していた方が都合がいい。

 攻撃をされる対象が分かっていても対処できないのは、相手の方が力で勝っている場合か、こちらの実力行使が制限される場合のみ。今回はそのどちらにも当てはまらない。何処に潜んでいるか分からない敵を探し出すより、達也にとってはやりやすい相手だった。

 達也たちが乗っているのは四葉家が準備したクルーザーだ。横浜事変の直後、海上での仕事が増える事を予測した四葉本家執事第二位の花菱が長崎の造船所に発注し、この任務に合わせて昨日沖縄に到着した、見た目レジャー用クルーザー、中身戦闘用快速艇という「羊の皮を被った狼」である。

 

「出航します」

 

「お願いします」

 

 

 今回、舵を取るのは白川だ。達也も水波も技術的には操船出来るのだが、白川は達也が年齢制限で取得出来ていない外洋の航行が可能な小型船舶の操縦免許を持っている。それに達也は敵を迎撃しなければならないし、水波はパーティーの間も護衛として深雪の側に張り付いてなければならない。そのような理由から、白川に舵を任せるのは当然の選択だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行機なら沖縄本島から久米島まで約三十分だが、快速艇は二時間かけて島の東岸の真泊港に到着した。直接人工島『西果新島』に向かうのではなく一旦久米島の港に寄ったのは、パーティー開始が夕方で、今はまだ昼前だからだ。

 

「「達也さん!」」

 

 

 真泊港には雫とほのかが待っていた。船の到着時刻を、深雪があらかじめ連絡しておいたのだ。

 

「ほのか、雫。わざわざ来てくれたのか」

 

 

 深雪が二人にメールを打っていた事を達也は知らされてなかった。だからここに二人がいるのは彼にとって意外な事だったはずだが、達也は驚きはしなかった。

 

「二人とも、食事は? まだだったら一緒に食べないか」

 

「是非! 是非っ! 喜んでっ!」

 

「ほのか、興奮し過ぎ……私たちもそのつもりだった」

 

 

 今にも踊りだしそうなほのかと、はにかみながらも頷く雫を見て、達也も微かな笑みを浮かべている。それは高校入学当時に誰も見ていないところで貼り付けていた皮肉な表情ではなく、優しげな笑顔だった。

 昼食はほのかのお薦めで「車海老バーガー」を食べた。夕方のパーティーは立食形式でコースの料理でこそないが高価な食べ物ばかりになるはずなので、お昼はカジュアルな物が良いですよね、という理屈をほのかは力説した。

 

「ところで、達也さんたちは何処で着替えるの?」

 

 

 食後のデザートに沖縄ぜんざいを食べながら、雫が達也に、というより主に深雪を見ながら尋ねた。たぶん雫は沖縄本島にホテルをとっている深雪たちは着替える場所がないのでは、と心配したのだろう。それはあながち的外れでもなかった。

 

「もしよかったら、美容室を使えるよ」

 

「ありがとう。でも大丈夫よ。クルーザーの中で着替えられるわ」

 

「深雪、せっかくだから雫の好意に甘えたらどうだ」

 

「達也様がそう仰るなら……お願いしようかしら」

 

 

 簡単に前言を翻した深雪だったが、雫は嫌な顔一つせず答えた。

 

「うん、いいよ。水波も」

 

 

 雫から深雪のついでに名前を呼ばれて、水波が達也の顔を見上げた。

 

「水波もお世話になると良い」

 

「では、お願いします」

 

 

 達也に判断を仰いだのは水波だが、まさか即答されるとは思ってなかったのか、少し躊躇いがちに雫にそう告げた。

 

「達也さんは?」

 

「俺は普通に着替えるだけだから、クルーザーの中で十分だ」

 

 

 深雪や水波はメイクなどがあるので美容室を勧めたが、達也自身はその必要がないので、雫の申し出を断り、二人に付き添ってやってくれと雫とほのかに頼んだのだった。




さすがの達也も年齢には勝てなかったか……

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