達也とエリカの姿を離れた場所から見ていた深雪は、自分の兄の鈍感さに呆れ果てていた。深雪から見ても、エリカは文句無しの美少女なのだ。そんな美少女が兄に向けているのは、友人としての好意を超えていると思っている。
「(多分気付いて無いのはお兄様とエリカ自身だけでしょうけど……)」
達也は恋愛感情こそあるのだが、かなり希薄な為に好意を向けられても気付かない事が多い。さすがにずっと向けられていれば気がつくのだが、出会ってそれこそまだ四ヶ月程度の相手からでは気づけないのだろう。
「(これは私がお兄様にお説教しなければいけませんね)」
兄の部屋に行く理由を無理矢理作り、後で訪ねる時の正当な理由をでっち上げる。そんな事をしなくとも達也から誘われているのだから気にする必要は無いのだが……
真由美に引き連れられて他校の有力選手と会話をしている間、深雪はそんな事を考えていたのだ。
しかし当然顔には出さない為に、深雪に見蕩れる男子生徒は少なくなかった。深雪の傍を男子生徒が通る度に一瞬歩行動作が止まる。果してそれは深雪に見蕩れたのか、それとも真由美に見蕩れたのか……兎に角二人の傍を通った男子生徒で、歩行動作を止めなかったのは既に見慣れている克人くらいだったのだ。
もちろん傍を通った男子だけでは無く、遠巻きに見ている男子生徒の視線も、深雪か真由美に集中している。
「おい、あそこにスゲー可愛い子が居るぜ」
「止めとけ。お前じゃ相手にされないって」
「ウルセェ! でも将輝ならいけるんじゃねぇ?」
「何て言ったって一条の御曹司だもんな」
三高一年男子グループもまた、深雪の姿に心奪われていた。ただし淡い期待すら抱かせないほどの美貌に、並の男子生徒は端から諦めの言葉を漏らしていた。
「将輝?」
「なぁジョージ、お前あの子の事知ってるか?」
「名前は司波深雪さん。見ての通り一高の生徒で、エントリーしてる競技はアイス・ピラーズ・ブレイクとフェアリー・ダンス。一高一年のエースらしいよ」
「才色兼備ってやつ? 神様ってのは不公平だな」
深雪に見蕩れていた男子も、そこまで行くとそんな感想を漏らした。
「司波深雪か……」
「珍しいね。将輝が女の子の事を聞いてくるなんて」
一条将輝と吉祥寺真紅郎との付き合いはかなりなものがあり、その真紅郎の記憶の限りでは将輝が女子に興味を持った事など無いのだ。
「コイツの場合は自分から行かなくとも相手が来てくれるもんな」
「贅沢な悩みだよな」
同級生のやっかみも耳に入らないくらい、将輝は深雪に見蕩れているのだった……
三高一年のもう一つのグループ、女子の中でも迂闊に近づけないグループがあるのだが、そのメンバーは今何時もの雰囲気とは違ったものを醸し出していた。今の方が下手に近付かない方が良いと思わせる反面、何だか親近感を抱かせる、そんな感じなのだ。
「……あら?」
「愛梨、如何かした?」
「居なくなってるね」
「何時の間に?」
「……何か用ですか?」
「「「「ッ!?」」」」
達也の事をコッソリと眺めていた三高一年女子グループ、愛梨、栞、沓子、香蓮の四人は、急に消えたと思ったら何時の間にか自分たちの背後に現れた達也に驚き、悲鳴を上げそうになった。
「さっきからずっと見てますよね? 何処かでお会いしましたか?」
「い、いえ!」
「初対面です」
「私たちが一方的に知ってるだけで……」
「そうですか……ん? 貴女一高付近に居ましたよね?」
「い、いえ!?」
香連に視線を向け、どこかで見たことがあったのを思い出し、記憶から引き出す。まさかバレて居たとは思って無かった香蓮は、冷や汗を垂らしながら否定する。
「あんな場所じゃロクに偵察なんて出来なかったんじゃ? それとも何か別な理由でも?」
「そ、そんなんじゃないですよ?」
静かに、だが視線は決して逃してはくれないだろう強さを持って話しかけてくる達也に、香蓮は既にK.O.寸前になってしまっている……達也もその事に気付き視線を逸らす。
「三高のエリート集団が俺に何の用だ? 深雪の情報でも欲しいのか?」
「エリートだなんて……そんな事ありませんよ。達也様」
「……名乗った覚えは無いのだが」
口調を改めたのは意識的にだ。その方が話しやすいと思ったのもだが、どうも畏まった話し方をしてると余計に怖がらせると思ったからだ。
「司波深雪を調べる過程で達也さんの事も知りました」
「達也さんも九校戦のメンバーだったんですね!」
「事前に調べた時には気が付きませんでした……作戦スタッフとしてちょっとへこみます」
「それで、達也様は何の競技に出るのです?」
四人相手に些か手こずりながらも、達也はその事を顔には出さない。その事よりも一年で作戦スタッフに選ばれているのに驚きを覚えたのだ。
「悪いが俺は選手じゃない。裏方のエンジニアだ」
「エンジニア? 達也様は競技にはお出にならないと?」
「だから君たちの名前も、俺は知らない。作戦スタッフでも無いからな」
エンジニアは他校の情報はあまり必要としないし、担当する選手の情報だけ頭に入っていればそれで良いのだ。だから達也の言い分も最もなのだ。
「そう言えば名乗ってませんでしたね。三高一年、一色愛梨と申します」
「同じく、十七夜栞」
「同じく、四十九院沓子だよー」
「三高作戦スタッフ、九十九崎香蓮です」
「知っている様だが一応、一高一年司波達也だ」
簡単な自己紹介を終えたところで、来賓の挨拶が始まるようだった。達也はその場で舞台の方に視線を向け、「老師」と呼ばれる十師族の長老、九島烈の登場を待った。
だが紹介とは別に、舞台に現れたのは派手目のドレスを着た若い女性だった。
「如何言う事? 九島閣下がご挨拶なさるんじゃなくって?」
「あれは精神干渉魔法だ。閣下は既に奥にいらっしゃる」
驚いた愛梨に、達也は小声で種明かしをした。
九島烈はかつて、「最高」にして「最巧」と謳われたトリックスターなのだ。これは彼の悪ふざけなのかと達也は女性の背後に隠れている烈に視線を向けた。その視線に気付いた烈は、イタズラを成功させた子供のような笑みを浮かべ、女性に何か耳打ちをした。
「まずは悪ふざけをした事を謝罪しよう。だがこれは非常に弱い魔法だ。しかしこの魔法に気がついたのは私が見た限りでは五人だけだった。つまり私がテロリストで、此処に居る人全員を殺そうとしたとしても、止めに動けたのは五人だけだと言う事だ」
一旦話を区切り、烈は視線を達也へと向けた。視線を向けられた達也は失礼の無いように目礼を返した。
「諸君、私は君たちの活躍を楽しみにすると共に、君たちの工夫を期待している。先ほどのように小さな魔法でも、使い方次第では有効な魔法となる。使い方を間違った大魔法よりも、精度の高い小魔法の方が役に立つ事もあると言う事を覚えておいて欲しい」
烈の言葉に、達也は声を出さずに笑った。現代の魔法師社会の頂点に居ながら、現在の魔法師社会に逆らうような事を言う老師。この国には面白い魔法師も居るもんだと思いながら、達也は表向きは無表情で烈に拍手を送るのだった。
長い老人の話をカットして、少女たちとの時間を作りました。