劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

880 / 2283
新刊発売日ですね。まぁ、もう読み終えましたが


悪者退治

 人工島『西果新島』から西に僅か一キロ。満月の光を受け、波の上に一人の男が立っていた。中華風の白い鎧を身につけた巨漢。魔法具『白虎甲』を纏った呂剛虎だ。

 

『そろそろ奴らが到着する』

 

『是。潜水を開始します』

 

『分かっているとは思うが、白虎甲は「火」ほどではないが「水」とも相性が悪い』

 

『心得ております。その程度のハンディが無ければ、面白くありません』

 

『まぁ「火」をものともしない上尉のことだ。心配はしていないが』

 

『お任せください』

 

『よし、行け』

 

 

 陳祥山の命令に従い、呂剛虎の身体は海面下に沈んでいく。しかし、水しぶきを上げて一気に海中へ落下するのではなく、少しずつスムーズに水面下へ消えていく姿は、海面に立っていた時同様異様なものだった。

 呂剛虎はシュノーケルも咥えていなければボンベを背負ってもいない。普通に呼吸している。彼は海中で立ち止まり、前方へ目を凝らした。

 ここまで潜れば月の光も星の光もほとんど届かない。夜の海は、海水と共に暗闇を湛えている。前に伸ばした自分の腕も見えないという状態だが、呂剛虎の視界には、魔法の行使に伴う想子の光と、肉体の内側から放たれる精気の光が見えていた。

 呂剛虎が海水を踏みしめ、左腕を突き出し、右腕を引き絞った。呂剛虎の体を覆う気体の層が厚みを増したのは、海上から持ち込んだ空気に海中から抽出した酸素を継ぎ足したからだ。彼の肉体は、高濃度の酸素を消費して「力」を蓄えていき、肉体が生み出したエネルギーが「術」の力と結びつき、突き出す右腕から強大な「波動」となって放たれた。

 水を動かさず、生体の身を揺らす「波」。跳ね返ってくる乱れた「波動」に、呂剛虎は確かな手ごたえを感じ、海水を踏み海中を駆ける。

 先頭を行く魚雷型カプセルを蹴り上げる。鼻面を突き上げられて縦に回転するカプセルから二人の男が放り出され、その二人は慌てて海面を目指した。他のカプセルからも次々と脱走兵が抜け出し、海の上へ浮上していく。呂剛虎は獰猛な笑みを浮かべて彼らの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 呂剛虎が魚雷型カプセルと接触した時、海上では達也が水上バイクを走らせていた。その隣には桧垣ジョセフと柳が小型ボートで並走している。

 

「少佐、見えましたか」

 

『君にも見えたか』

 

 

 達也と柳は、海中に広がる「波動」を各々異なる視界で知覚した。

 

「敵工作員が浮上してきます」

 

『俺が行く。君は援護を頼む』

 

「了解です」

 

 

 達也が返事をしたのと同時に、柳がボートの床を蹴った。彼の手には長さ二メートル程の棒が握られている。彼は波を踏みしめ、棒を海面に突き込んだ。左手で棒の端を押し下げ、五十センチほど離れたところを持つ右手を勢いよく押し上げる。

 海の中から敵兵が釣り上げられ、宙を舞っているその工作員へ柳が棒を突き出す。

 柳が突き飛ばした敵兵は、ジョセフが操縦するボートへ落ちた。ジョセフが落下した男の手を素早く拘束する。その間に柳は海面から顔を出した次の敵へ向かっていた。

 柳の背後に一際強い気配が急速に浮上してきたが、その男よりも更に猛々しい気配が後を追って海中から飛び出してくるのが分かっていたから、達也はCADの引き金は引かなかった。 

 先に飛び出してきたのが大亜連合脱走兵、ブラッドリー・チャン中尉で、追跡者は大亜連合軍、呂剛虎上尉であることを確認し、達也は柳と共に残りの雑魚を片付けようとして――予想外の事態が発生した。

 

「撃滅!」

 

 

 何だか分からない気合いと共に、見覚えのある人影が海面に立ち上がった敵に飛び蹴りを喰らわせ、蹴り飛ばした反動で勝手に達也が運転する水上バイクのタンデムシートへと乗り込んできた。

 

「……先輩。こんな所で何をしているのですか?」

 

「むっ? 驚かないのだな」

 

「それはまぁ、先輩だという事は飛び蹴りのフォームで分かってましたから」

 

「この暗闇の中、そんなことまでわかるのか。さすがは司波君だな」

 

「……いや、暗闇ではありませんから。この月明かりです。その程度の事は」

 

「せりゃあぁ!」

 

「……桐原先輩もですか」

 

「おう。服部も来ているぞ」

 

 

 桐原の掛け声に幻痛を覚えた達也に、とどめを刺すような答えを沢木が告げる。達也は水上バイクを桐原の声が聞こえた方へ向け、服部が運転する水上バイクと合流する。

 

「沢木先輩と桐原先輩だけでなく、服部先輩まで……いったい何をなさっているんですか。しかもそんな恰好で」

 

「楽しそうな事をやっているから混ぜてもらおうと思ってな! 司波、独り占めは感心しないぜ!」

 

「女子は安全な所に残してきたからな。横浜の時とは違って、遠慮なく悪者退治が出来るというものだ」

 

 

 沢木はこれで、真面目に答えているらしい。

 

「……服部先輩、貴方がついていながら……」

 

「いや、俺は止めたぞ! だがこいつらが勝手にやるよりはいいと思ってついてきたんだ!」

 

 

 達也の目には、服部もノリノリで魔法を放っているように見えたが、あえてそれは口には出さなかった。その代わり彼は、風間に文句を言う事にした。

 

「風間中佐」

 

『……何だ』

 

「何故ここに予想外の民間人が来ているのですか」

 

『公式には、現在、その海域で戦闘行為は行われていない』

 

「だからと言って、民間人を近づけて良いという理屈にはならないでしょう?」

 

『空と違って、非戦闘海域の自由な航行を禁止することは出来ない。私たちの口から戦闘が行われている事実を告げる事は出来ないから尚更だ』

 

「理由などいくらでもつけられたはずです。中佐、まさかとは思いますが、あえて止めなかったのではないでしょうね」

 

『民間人を積極的に戦列へ加えるつもりは無かった』

 

「それでは、退去させられないという事ですか」

 

『やむを得ない』

 

 

 風間の答えを聞き、達也は将来の為に彼らの戦闘力を把握しておくつもりだったのかと確信した。服部、桐原、沢木は名前からも分かるように、いずれも『数字付き』の出身ではない。十師族を中心とする魔法界の主流から外れている。独立魔装大隊としては、否、一○一旅団を率いる佐伯少将としては、確保しておきたい人材なのだろう。達也はこれ以上の問答が無益であることを悟り、風間との通信を切ったのだった。




大幅に改変しないと無理っぽいですね……まぁ、何とかしますが

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。