とりあえず沢木は服部の水上バイクに戻ってもらって、達也は柳の援護射撃に戻った。といっても、既に敵工作員はあらかた掃討済みで、残る三人の内、二人は沢木と桐原が喜々として拳と杖を振るっている。相手の練度もそれほど高くない。こっちは好きにさせておいて大丈夫だろう。
そして残るもう一人。こちらは、練度という点では次元が違うと言えるくらい、高い。だがこちらも任せておいて問題ない。むしろ手出し無用だった。
呂剛虎が海面を蹴って疾走する。ブラットリー・チャンが水面で足を滑らせてカウンター気味に踏み込む。二人の掌底が衝突する。そのまま手四つの体勢にはならなかった。
二人の突きは一瞬拮抗したが、チャンが大きく弾き飛ばされる。呂剛虎が波の上に転がったチャンに迫る。チャンの身体が波間に沈む。呂剛虎が足を踏み下ろすと、海面が揺れた。
波が広がったのではなく、半径五メートルにわたって固形化した水面が、鐘のように震えたのだ。固形化した水面が崩れ、激しく波立つ。波と泡の中からチャンが飛び出してきた。その正面に呂剛虎が迫り、突き上げるような肘打ちを放った。チャンが苦悶に顔をゆがめて宙を舞い、海に沈む。
二人の闘いを見ていて、達也は気づいた事がある。ブラットリー・チャンは水の上に「足場」を作り、呂剛虎は水の上に「道」を作っているのだ。
達也は「足場」を作ることは出来ても「道」を作る方法は知らない。呂剛虎は達也が使う魔法とは異なる体系の魔法を用いているという事だ。
「(じっくりと観察したいところだが……そういうわけにもいかないか)」
達也が「視」なければならない場所は、ここだけではない。彼は万が一の失敗を犯さないように、好奇心をねじ伏せた。この場に限っても、もっと他に見るべきものがある。呂剛虎とチャンの闘いは、終わりが近づいている。この決着を見逃すわけにはいかなかった。
達也は練度が低いと判断したが、それは彼が過ごしてきた環境――四葉家、独立魔装大隊、そして九重八雲のレベルを基準にしての話であり、桐原と沢木からしてみれば、十分に歯ごたえがある相手だった。
桐原も沢木も、戦いながら水の上を自在に駆け回る技術はまだ身につけていない。水を足場に出来るのは桐原で八歩、沢木で五歩だ。ただし沢木は一旦空中に跳び上がることにより、再び水面に五歩を刻むことが出来る。
ただいずれにせよ、桐原も沢木も戦っている最中に服部が運転する水上バイクへ戻る必要がある。服部たちが借りてきたのは男三人で乗っても余裕がある、水上バイクとしては大型の物で、二人同時に飛び乗って来ても運転の邪魔になることは無い。だが桐原と沢木の位置関係を常に把握し、二人が海に沈まないように走り回らなければならない服部は、実際に白兵戦を演じる二人以上に神経を削られていた。
達也が見た通り、格闘戦能力自体は敵兵より桐原と沢木の方が上だ。だが二人が戦っている敵兵は不利な体勢になるたびに海中に沈み、二人を足下から狙ってくる。大亜連合脱走兵は、水中と水上を自在に駆け巡る魔法を身に着けていた。
日本の古式魔法に当てはめれば、忍術の一つ「水遁」の使い手という事になるのだろうが、脱走兵自身たちは、自分たちが使っている魔法がどういう系統の物か分からないまま、ただ技術として使っている様子だった。
だが「使えるから使う」それが道具としての「技術」の正しい在り方なのかもしれない。このような理屈自体、勝敗の帰趨には何ら影響しないのだから。
「せりゃぁ!」
桐原の杖が相手の肩口に振り下ろされる。高周波ブレードも、杖では真剣程の威力は出ない。それでも高速振動する杖は、触れただけで敵の服と皮膚を裂き、細胞を揺らしてダメージを骨の芯まで送り込む。逆手に握ったナイフで受けても、刀身から指に、掌に振動が伝わり麻痺を誘う。敵が片膝を付き、そのまま水しぶきを上げて水面下に没する。
「またかっ! うおっ!?」
予想以上の水中速度に、遂に桐原が足をすくわれた。足の下からの攻撃など、普通は想定していない。魔法を併用する『剣術』でもそれは同じだ。
海面に倒れる桐原。そのまま彼の身体は海中へ沈んでいく。その首に巻きつく敵の腕。敵兵がもう一方の手に握る刃が、桐原に振り下ろされようとしたまさにその時、彼らの直下に爆発が生じた。海面へと押し上げられる海水で、桐原と敵の身体が海面を超え空中に打ち上げられる。桐原がまだ浮遊感に包まれている最中、敵の身体に急激な下向きのGが掛かり海面にたたきつけられる。表面張力が敵兵の身体を支えている一瞬に、海面を電気が走った。
海中爆発、落下加速、電撃。一連の魔法は服部が放ったものだった。
「桐原、今だ!」
服部は距離を取って魔法を行使している。水上バイクも走らせたままだ。相当の大声を上げても声が届かない可能性の方が高かったが、桐原はその声を聞き逃さなかった。
「応っ!」
桐原は空中で『跳躍』の魔法を使って軌道を変え、重力に任せて落下しながら『高周波ブレード』を纏わせた杖を、沈んでいく敵兵に振り下ろした。高速振動する杖に触れた海水が気化し、激しく泡立つ。その抵抗で杖の勢いが食われたが、それが結果的に良かったのだろう。
気化により発生した泡が海水を押しのけながら、桐原の杖が敵兵の胴体を捉えた。斬りつけるのではなく、気泡をクッションにしながら押し付けられた杖は、敵兵を激しく揺さぶり、その意識を奪ったのだった。
達也基準じゃ、大抵は大したことないだろうな……