劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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えげつない術ですよね……


秘術

 抱えていたジャスミンを下ろし、ジョンソンは背後を振り返って追っ手がいないことを確認した。

 

「なんとか、逃げ切れたようだな……ジャズ、大丈夫か?」

 

「しくじった。アズサ・ナカジョウが精神干渉系魔法を使うとは……」

 

 

 口惜しげに唇を噛んでいたジャスミンが、俯いて考え込む。やがて彼女は、瞳に決意を湛えて顔を上げた。

 

「これはやりたくなかったが……私の魔法をパーティー会場に使う」

 

「もう、それしかないか……」

 

 

 躊躇しているのはジョンソンも同じだった。ジャスミンの魔法『オゾンサークル』をパーティー会場に使うのは、毒ガス攻撃と同じだった。どう言い訳しても正当化は出来ない。爆弾テロ攻撃より激しい非難を浴びる事にあるだろうし、母国の政府は各国の非難を躱す為にジャスミンとジョンソンを生贄に捧げるかもしれない。

 だが爆弾テロ計画は失敗し、内側から機械的制御を奪う作戦も、魔法システムをクラックして暴走させる作戦も、上手く行かなかったのだ。残る手立ては『オゾンサークル』しかない。

 

「ジャズ、まずは脱出艇の所まで移動しよう。オゾンサークルを使えば、港はすぐに封鎖されるだろう。その前に脱出する態勢を整えておいた方が良い」

 

「了解だ」

 

 

 ジョンソンの先導で二人は整備作業員用の階段を下りて港に隣接する作業員用控室に忍び込んだ。二人がたどり着いた部屋は無人で、人の姿どころか気配も感じ取れなかった。

 

「都合よく誰もいなかったな」

 

「都合が良すぎる気もするが……」

 

「さっきの騒ぎに駆り出されているんだろう」

 

 

 ここでグズグズしているわけにもいかないので、ジャスミンはジョンソンの言う通りだと無理矢理自分に言い聞かせた。

 

「警戒を頼む」

 

「任せろ」

 

 

 CADを作動させて起動式を取り込む。目を閉じて精神を集中し、魔法演算領域で魔法式を組み上げる。無意識領域にある魔法演算領域を意識して動かすという、ある意味矛盾した行為。意識と無意識の双方を一つの行為に、同時に集中しなければならない。

 息をすることも忘れて、ジャスミンはオゾンサークルの魔法式を組み上げた。座標は既に設定済みだ。ジャスミンはパーティー会場へ向けてオゾンサークルを発動する。しかしここで、思いがけないトラブルが発生した。

 

「……魔法発動に失敗した?」

 

「何だって?」

 

「オゾンサークルの発動に……失敗した、と思う。手応えが無かった」

 

「馬鹿な!」

 

 

 ジョンソンが周囲に対する警戒を忘れ、思わず隠れている事を忘れ、声を荒げてしまう程、それは意外な事だった。いや、あり得ない事だと言ってもいい。

 

「もう一度やってみる」

 

 

 ジャスミンが再び目を閉じて精神を集中した。ジョンソンは護衛の務めも忘れ、彼女を見詰めた。眼を開けたジャスミンは、愕然とした表情で力なく床に両膝をついた。

 

「発動しない……何故だ? 私の力が、消えてしまったのか?」

 

「いいえ」

 

 

 突如第三者の美しく澄んだ、まさに鈴を振るような声が割り込み、存在しなかったはずの第三者の気配が生じた。反射的にジョンソンはその気配に空気弾を放とうとしたが、彼の魔法も発動しなかった。

 声を失った二人の前に、一人の男と二人の少女が姿を見せる。男性は大亜連合特殊部隊の陳祥山上校で、少女は深雪と水波だった。

 

「お二方が魔法の技術を失ったわけではありません。四葉家の秘術『ゲートキーパー』。如何でしょう」

 

「四葉家の……秘術だと?」

 

「はい。普段このような説明はしないのですが、今日は特別です。私どもも、貴重な技を見せていただきましたので」

 

 

 深雪が陳祥山へチラリと視線を投げると、陳祥山は微かな苦笑でそれに応じた。

 

「無意識領域で構築された魔法式は、無意識領域の最上層にして意識領域の最下層たる『ルート』に転送され、意識と無意識の狭間に存在する『ゲート』から魔法の対象に投射されます」

 

「それがどうした」

 

「……まさか!?」

 

 

 ジョンソンは苛立った声でを上げただけだったが、ジャスミンは深雪が言おうとしている事に気付いたようだった。

 

「ゲートは魔法師の精神とエイドスのプラットフォームであるイデアの境界。ゲートはイデアに露出しています。そうでなければ魔法式が自分の外側に作用させることが出来ませんから」

 

「馬鹿な! いくら何でも、そんな真似が」

 

「もうご理解いただけたようですね。魔法師無力化魔法『ゲートキーパー』は、対象となる魔法師のゲートに仕掛けられ、そこを通過した直後の魔法式を破壊します。『ゲートキーパー』が解除されない限り、あなた方は魔法を使えません」

 

 

 彼女は『四葉家の秘術』と言ったが、正しくは『達也の秘術』だ。他人の『ゲート』を監視し続ける、それは少なくとも今現在、四葉家では達也にしか出来ない事だ。それを「四葉家」の秘術と偽ったのは、達也にだけ関心が集まり過ぎないための配慮だった。

 だがそんなことはジャスミンにもジョンソンにも関係なく、二人は肉弾戦でこの場を逃げ切ろうと構えたが、急速な体温低下により立つ事さえ困難になった。

 

「大丈夫ですよ。冬眠が一時的なものであることは、既に実証済みですから」

 

 

 陳祥山が再び苦笑を漏らす。実験のサンプルになったのは彼だったからだ。

 

「皆様、お願いします」

 

 

 深雪が扉の外に向かって声を掛ける。その言葉を合図に扉が開かれ、スーツ姿の軍人がジャスミンとジョンソンを拘束すべく入ってくる。ジャスミンの目に映る扉の外は、港ではなく飾り気のない部屋だった。

 

「お気づきになりませんでしたでしょう? 鬼門遁甲というのだそうですよ。お二人は階段を下りているつもりで、下りたり上ったりしていたのです。ですから仮に『ゲートキーパー』が作用していなくても、相対座標で魔法を照準する方法では、オゾンサークルは発動しませんでした」

 

「は、はははは……何だそれは。私たちは、最初から、お前たちの掌の上だったというのか……」

 

 

 今度こそ決定的に打ちのめされて、ジャスミンは虚ろな笑い声を漏らしたのだった。




達也以外に使える日は来るのだろうか……

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