三月二十九日、久米島西沖合の人工島で行われたパーティーの翌日。卒業生一行の中で、紗耶香と巴は疲れ切った表情で歩いていた。
「疲れる旅行だったわ……」
那覇空港の出発ロビーに到着した紗耶香は、スーツケースに両手をついて体重を預け、しみじみと呟いた。彼女の独り言を聞いたあずさと巴は、控えめに乾いた笑い声を上げる。誘ってくれた同級生の手前、大きな声では言えないが「同感!」といったところなのだろう。
「そうかぁ? 楽しかったじゃねえか」
「……そりゃ桐原君は楽しかったでしょうね。子供みたいにずぶぬれになってはしゃいでいたんだから」
巴の表情とは逆の意見を言った桐原に、巴は心底疲れ切った表情で指摘すると、桐原は咄嗟に巴から視線を逸らした。昨日スーツを台無しにしかけてこっ酷く怒られたことを思いだしたのだろう。
「べ、別に、水遊びをしていたわけじゃねぇぞ。なあ、沢木」
「ああ。良い実戦だった。久々に全力を出せて満足だ」
何が「なあ」なのか良く分からないセリフだったが、沢木は大きく頷く。そんな沢木に紗耶香と巴、あずさから放たれた視線の矢が、沢木に何本も突き刺さるが、視えざる矢でハリネズミ状態になっても、沢木は一向に堪えていない様子だった。そこに五十里が、済まなさそうな表情で会話に加わった。
「なんか、ごめん。変な事に巻き込んじゃって……」
「あっ、ううん! そんなことないわ!」
「私たちの方こそ、変なこと言ってごめんなさいね。楽しかったのは間違いじゃないのよ」
「うん、分かってるよ」
紗耶香と巴が慌てて釈明すると、五十里は苦笑気味の笑顔で頷いた。
「あんなアクシデントに巻き込まれたら疲れちゃうよね。もう一日くらい、ゆっくりしていけば良かったかな」
「賛成! 今日の便はキャンセルして、もう一泊して行こうよ!」
五十里の何気ない一言に、花音が喰い付いた。フィアンセの腕に自分の腕を絡めながら、甘えた声で五十里に強請る。
「そう言うわけにも行かないよ」
「そうだな。大学の入学式までにはまだ少し日があるとはいえ、そろそろ準備に取り掛かりたい」
服部のセリフにあずさは頷いていたが、花音は納得できないようだった。
「準備なんて何があるのよ」
「それより、搭乗手続きを済ませないか?」
「そうだな」
花音の反論をスルーして、服部は五十里に話しかけたが、応えたのは沢木だ。彼はそのままスーツケースを押して搭乗カウンターへ向かった。
「ちょっと! こら、無視するな!」
「別に外国じゃないんだ。夏にでもまた来ればいいだろ」
「良いね。またこのメンバーで来ようか」
「えっー、あたしは啓と二人が良いな」
服部のセリフに五十里が乗り気な回答を返すと、花音がすかさず不満を唱えた。
「俺たちは夏休みが本当に自由に使えるか分からないからな」
防衛大学に進む桐原のセリフに、同じく防衛大学進学組の紗耶香と巴が残念そうな顔で頷く。
「別に今年の夏に限る必要は無い。夏に限る必要も無い。リスクが何処にでも待ち構えているように、チャンスは何時でも存在する」
「服部、そいつは何かの哲学か?」
「単なる気休めだ」
「……何が言いたいのか分かんねぇよ」
「次はもっとうまくやれる、というのと同じようなものだ」
「なるほど。では次は俺たちだけでトラブルを片付けられるようになろうか」
「まぁ、そう言う事だな」
搭乗手続きを済ませ振り返り口を挿んできた沢木に、服部は笑ったまま頷いた。
予定通り飛行機に乗った卒業生組に対して、在校生組は朝からのんびりと波の上を漂っていた。潜水艦の襲撃で中断した久米島遊覧を、同じグラスボートでやり直しているのだった。
「思いがけず『任務ではない旅行』になりましたね」
「これはノーカウントで良いんじゃないか?」
「何が『ノーカウント』何ですか?」
苦笑交じりで会話する二人に、ほのかがすかさず不思議そうに問いかけた。
「今回の沖縄旅行は仕事だったから、次回は仕事抜きで旅行しようと話をしていたんだ」
「良いですね! その時はまたご一緒しても宜しいですか?」
「そうだな。次はエリカたちも誘って、みんなで来るのも悪くない」
しみじみと呟いた達也に、深雪とほのかは少し不満げに頬を膨らませた。
「ところで達也さんたちは、何時までこっちにいられるの?」
「明日か明後日には戻らなければと思っているのだけど」
「あんまり余裕、無いんだね」
雫の問いかけに深雪が答える。別に達也が答えても問題はないのだが、深雪は過敏に反応し、雫が達也に甘えるタイミングを阻止したのだった。
「本当は今日の便で戻る予定だったの。これでも余裕が出来たのよ」
「ふーん……」
「そろそろ入学式の打ち合わせもしなければならないし」
「そっか。今年の総代は、また女の子なんだよね?」
「そうよ」
「十師族なんだっけ」
「ええ。三矢詩奈さん。三矢家の末のお嬢さんよ。まだお会いした事は無いのだけど」
「そうなんだ。だったら尚更、余りゆっくりはしてられないね」
「そうね。残念だけど」
深雪がそういった時、彼女自身だけではなくほのかも気落ちした顔をしていた。ほのかも生徒会役員なのだから、入学式の準備に取り掛かる必要があるのは、彼女も同じだからだった。
「……とにかく、こっちにいる間はのんびりしましょう! 海は少し早いですけど、私たちが泊まっているホテルのプールで泳ぎませんか? 結構広いんですよ!」
気を取り直したほのかが、達也に迫っている。それを見ている深雪の表情から少し余裕がなくなってきた、と彼女と話していた雫は思っていたのだった。
次で南海騒擾編は終わりですかね