劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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ここでもイライラ……


サイドストーリーエリカ編 その2

 学校から帰宅したエリカは、制服から着替えて道場へやってきた。家からは冷遇されているが、門下生からの人気は高く、ここ二年でさらに磨きをかけた腕で、この場所での地位を確立していたエリカは、道場に足を踏み入れた途端に道場内の空気が変わったのを感じ取った。

 

「親父かと思ったらエリカか」

 

「和兄貴、仕事は?」

 

「今日は非番だ。てか、まだ本調子じゃないからな。上司が休めってうるさいんだ、これが」

 

「健康体の時はサボりたくて仕方なかったくせに、いざ休めって言われたらそんなこと言うんだ」

 

 

 近江円麿に術を掛けられたのは部下の稲垣だが、寿和にも少なからず影響していたせいで、彼は今も本調子とは程遠いコンディションだった。

 

「健康体でサボるのと、身体の調子が悪くて休むのは違うからな」

 

「じゃあ、そんな調子の悪い和兄貴が、道場で何してるのよ」

 

「何って、稽古に決まってるだろ? 修次の彼女も来てるらしいから、その腕前でも見ようかとも思ったんだが、二人の世界を創ってたから早々に退散してこっちに来たわけだ」

 

「あの女が来てるの?」

 

「あの女って、一応学校の先輩で義姉になる人だろ? いい加減折り合いをつけたらどうなんだ」

 

「そう言う和兄貴こそ、次兄貴に先を越されたんだから、良い人探さないの?」

 

「お前……自分も婚約したからって痛いところを」

 

 

 寿和を撃退して自分の竹刀を手に取り素振りを始める。そのタイミングで道場に会いたくない人物がやってきた。

 

「おっ、噂をすれば修次と摩利さんじゃないか」

 

「和兄貴、ちょっと相手して」

 

「おいおい、体調不良のお兄様をぼこぼこにするつもりか?」

 

「エリカ、まだ僕と摩利の事を怒ってるのか?」

 

「怒ってはいません。ですが、付き合う前の次兄上と今の次兄上では、千葉の剣士としての質は落ちたと思ってはいます」

 

「エリカだって、達也くんと付き合い始めてから剣士としての質は落ちたんじゃないか? 魔法師としての質は上がったようだが」

 

 

 学校の先輩として、一年間自分の事を見られていたと、エリカは摩利の言葉に複雑な思いを抱く。確かに達也と付き合ってから、剣士としてだけではなく、魔法師としても頑張ってみようとは思っていた。だがそれでも稽古を疎かにしたりはしていなかったつもりなのだが、見る人が見ればわかってしまうのだろう。

 

「修次と摩利さんがこの道場を継いでくれるなら、俺は安心して刑事の仕事に専念出来るな」

 

「和兄貴は仕事しか恋人がいないもんね」

 

「お前、ほんと口が悪いな……どこで育て方を間違えたんだか」

 

「アンタが言えた口じゃないでしょうが!」

 

「前も言ったが、俺はこんなにも妹を愛しているというのに――」

 

「気持ちが悪い!」

 

 

 エリカが振り下ろした竹刀を、寿和は危なげなく躱す。体調不良とはいえ、この兄が簡単に自分の攻撃を喰らうとはエリカも思っていなかったが、こうも簡単に避けられるのは面白くなかった。

 

「兄貴、普通に動けるんなら仕事に行けばいいじゃない」

 

「稲垣が復帰するまで俺も内勤かリハビリのどっちかだからな」

 

「……稲垣さんの様子は?」

 

「とりあえず喋れるようにはなったが、動くのはまだ無理そうだな。四葉家の魔法師が治療してくれたおかげで、呪いは解けたようだが、支配されてた時間があるからな。もうちょっとかかるだろう」

 

「ウチの人間は達也くんに助けられっぱなしね。次兄貴だって達也くんに助けてもらったことがあるんだし」

 

「助太刀に行ったんだが、逆に邪魔をしてしまったようだしね……あの時は彼が四葉の人間だとは思ってもみなかった」

 

「あたしもだ。只物ではないとは思っていたが、まさか達也くんがねぇ……」

 

 

 寿和は人形使いに騙されそうになったのを、達也が遣わした四葉の人間に助けられ、修次はリーナに遣られたのを達也が千葉家まで運んだのだ。兄二人が世話になったのもあるが、千葉の家としてはエリカをどうにかして達也の嫁にと計画していた時に、達也が四葉の人間だと発表されたので、これ幸いとエリカを四葉家に嫁がせることを決めたのだ。

 

「エリカとしては、達也くんと付き合う事を諦めていたようだが、良かったじゃないか」

 

「誰から聞いたのよ、そんなこと」

 

「見ていれば分かるさ。これでも同じ女だからな」

 

 

 同性が見とれそうな笑みを浮かべながら話しかけて来る摩利に、エリカはそっぽを向きながら表情を緩めた。

 

「エリカがそんな表情をするなんて、珍しいな」

 

「和兄貴だって会った事あるでしょ。深雪が相手じゃあたしなんかじゃ太刀打ち出来ないもの」

 

「あぁ、あの妹さんか」

 

「確かに司波相手じゃエリカだろうが真由美だろうが分が悪かっただろうな。しかも妹じゃなくて従妹だったとは驚きだが」

 

「とにかく、和兄貴は仕事に生きるつもりが無いなら、さっさといい人探した方が良いわよ。藤林さんも達也くんに取られちゃったしね」

 

「別に俺と藤林さんはそういう関係じゃ……」

 

「好意を寄せてたの、バレバレだっての」

 

 

 どもる長兄を脇目に、エリカは竹刀を片付けて道場を後にする。前ほど修次と摩利が一緒にいる所を見てもイライラしなくなったのは、達也のお陰だろうとエリカはこの場にいない達也に心の中でお礼を言うのだった。




途中で摩利かエリカか分からなくなってきた……

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