大学生の春休みは、高校生と比べれば大分長い。それでも家の都合などで結構時間は潰せたが、それでも時間が余ってしまい、真由美は暇を持て余していた。
「摩利は修次さんとの事で忙しそうだし、鈴ちゃんはあんまり付き合ってくれないし……」
同じ婚約者として、鈴音とは結構な時間を共に過ごしているのだが、毎日顔を合わせるのもどうなのだろうという理由から、春休みはあまり会えていないのだった。
「香澄ちゃんも泉美ちゃんも忙しそうだしな……」
妹は生徒会役員や風紀委員として、忙しなく働いているのを見ながら、真由美は少し懐かしさを感じていた。
「そう言えば、達也くんたちが入学して来るときも、ああやって私も忙しなくしてたっけ」
鈴音や服部、あずさが優秀だったため、泉美たちほど忙しなくしていなかったが、真由美も生徒会長として入学式の準備に忙殺されていたのを思い出し、懐かしくもあり思い出したくもないような気持になっていた。
「あの時、無理にでも達也くんを生徒会役員にしておけば、もっと仲良く出来てたのかな……」
当時二科生だった達也は、生徒会役員になることは出来ず、若干反則技を使い風紀委員に任命した。そのせいで摩利が達也と仲良くなっていったように真由美には感じられ、彼氏がいる相手だが摩利に嫉妬した思いもあったのだ。
「こんなに暇なら、沖縄にでも行けばよかったかな」
七草家にも、沖縄侵攻事件で亡くなった人たちのための慰霊祭への参加要請はあったのだが、達也と深雪――つまり四葉家が参加するという事で七草家は参加する事を見送ったのだった。
「あら? 摩利から電話だわ」
独り言をつぶやいてから、真由美は通信端末を通話状態にし、会話を開始する。
「摩利、どうかしたの?」
『市原から連絡があってな。今日ならあたしは時間があるが、今から会えるか?』
「問題ないわよ。ちょうど暇を持て余していたところなの」
『達也くんがいないとお前もエリカも暇なんだな』
「千葉さん? あぁ、摩利は今千葉家で生活してるんだっけ?」
『週の半分くらいだ。まだ本格的に同居してるわけじゃない』
電話越しで摩利が慌てているのが手に取るように分かった真由美は、クスクスと笑いながら待ち合わせ場所を指定する。
「何時ものカフェはどう?」
『あ、あぁ……そこで構わない。それじゃあ、後でな』
「ええ」
通信を切って、真由美は外出の準備を整えて部屋から廊下に出る。そのタイミングで、智一が真由美の部屋にやってきたのだった。
「どこかに行くのか?」
「ええ。友達に会いに行くのよ」
「四葉の御曹司か?」
「違うわよ。そもそも達也くんは今、沖縄にいるんだから、会いに行くなんて無理に決まってるじゃない」
智一の横をすり抜け、真由美は家から外へ出る。ただでさえ師族会議の際に七草家は窮地に陥ったのに、これ以上余計な事はしないでもらいたいと、真由美は智一と弘一に訴えたい気持ちでいっぱいなのだが、自分は七草家の事情に首を突っ込む資格がないと思い込んで黙っているのだった。
待ち合わせの場所にやってきた真由美は、反対側からやってきた、何処か男前な雰囲気さえ感じさせる友人に声を掛けた。
「こんにちは、摩利。新婚生活はどうかしら?」
「まだ結婚はしていない! てか、そんなこと言って良いのか? お前だってもうじき達也くんたちと同居するんだろ? 実に面白そうな展開じゃないか」
「達也くんに間を取り持ってもらって、ようやくエリカちゃんとまともに会話出来るようになった摩利に言われたくないわね」
「あ、アイツはあたしより剣術の腕があるんだ。下手に刺激して襲われたら一溜りも無いんだぞ!」
「先輩として、それは情けなくない?」
「お前が司波に勝てないのと大差ないだろ!」
摩利の反撃に、真由美も居心地の悪さを感じた。確かに深雪には色々な面で勝てないと分かっているし、勝とうとも思ったことは無いが、確かに同じだと感じたからだろう。
「とりあえず、入るか」
「そうね」
互いに無駄な言い争いを止め、そのままカフェへと入店する。顔見知りの店員に席に案内してもらい、真由美と摩利は注文を済ませ会話を再開した。
「達也くんが沖縄に行ってるせいで、エリカの機嫌もあまり良くないんだよ」
「エリカちゃんはそれだけじゃなさそうだけどね。まだ完全に和解したわけじゃないんでしょ? 和解って表現があってるかは知らないけど」
「あたし一人で会う時は、全く相手にされないがな。修次がいる時は会話くらいは出来るぞ」
「それってまったく進展してないんじゃない? 前から修次さんがいる時は会話出来てたんでしょ?」
「どうだろうな……前は修次にも当たり散らしてた気がするが」
「大好きなお兄ちゃんが盗られちゃったとでも思ってたのかしら?」
「どうだろうな……例えば、お前が司波から達也くんと盗ったとしたら、どうなると思う?」
摩利の問いかけに、真由美は自分が達也を独占したという考えを巡らせ、とてつもない寒気に襲われたのだった。
「深雪さんが本当の妹だったとしたら、まだマシだったかもね……」
「実は従妹だったとはな……」
摩利も同じように寒気を覚えたのか、何処か引き攣った表情を浮かべていたのだった。
世界が凍り付いてもおかしくなかったでしょうね……