初めて本格的に深雪の護衛として数日過ごした水波は、帰りの飛行機でホッと一息吐いていた。まだ安全が確保されたわけではないのだが、今深雪の隣には達也がいるのだ。万が一が起きたとしても自分の出番はないだろうと水波は考えていた。
「(深雪様も、私が隣にいるより達也さまが隣にいらした方が嬉しいでしょうしね)」
外出先でも一人で護衛、という事はあまり経験してこなかった水波としては、今回の沖縄旅行はかなり疲れるものだったのだろう。慣れない高級そうな部屋で休まされたのも、彼女の疲れを増幅させたのかもしれない。
「(東京に戻ったら、深雪様のお荷物の片づけを手伝って、その後自分の荷物を片付け、夕食のご用意をしなければならないのだから、疲れている場合ではないですね)」
ガーディアンとしての自覚より、メイドとしての使命が勝ったようで、水波の頭の中は既に帰宅してからの事でいっぱいになっていた。
「(本当なら私はノーマルシートが良かったのですがね)」
カプセルシートに居心地の悪さを感じながら、水波は視線を深雪の方へと向ける。当然の事だが、深雪の視線は達也に向けられており、水波が見ている事など気づいた様子もなかった。
「(この旅行中、深雪様は達也さまと別行動する事が多かったですからね……前の捜索の時は、深雪様は自宅待機でしたから兎も角、出先でこれほど達也さまと別行動する事があったでしょうか?)」
学校などでは殆ど別行動なのだが、水波はその事を棚上げしてそんなことを考えていたのだった。
無事帰宅し、さすがに疲れていた深雪が早々に眠った後、水波は達也に呼ばれていた。もちろん、部屋ではなくリビングにだ。
「水波、自分の分のお茶も用意すると良い」
「いえ、私は使用人ですから」
「前にも言ったかもしれないが、自分の分があるのに水波の分が無いのが気になるんだ。形だけでもいいから用意してくれないか」
達也にそう言われたら、水波に断れるはずもなく、彼女は達也に一礼してからキッチンへ向かい、自分の分のお茶を持って再びリビングにやってきた。
「悪いな、余計な手間を取らせて」
「いえ、問題ありません。それで、このような時間にどうなさいましたか?」
このような時間というには、些か早い気もするが、達也はその事にツッコミを入れる事は無かった。
「今回の旅行ではご苦労だったな。本格的な一人での護衛は初めてだっただろ」
「お心遣い、ありがとうございます。ですが、達也さまが未然に防いだり、深雪様本人がねじ伏せたりで、私はそれほど疲れる事はありませんでした」
「だが、精神的に疲れているように見えるが」
「あのような広い部屋や、カプセルシートでは落ち着かなかったものでして」
「まぁ、その気持ちは分からなくはないがな」
達也が苦笑いを浮かべながら水波の意見に頷く。彼もあのような豪華な部屋やカプセルシートよりは、一般的な部屋やノーマルシートの方が落ち着く側の人間なのだから当然かもしれない。
「明日は休んで構わない」
「ですが、達也さまと深雪様は入学式の準備や、まもなく完成する新居への引っ越しのご準備などがございますよね? メイドとして、そのお手伝いをしなければならないと思いますが」
「深雪のガーディアンに正式に指名された時点で、メイドとして働かなくて良いと母上から言われたんじゃなかったか?」
「ご当主様がどのように仰られましても、こればかりは譲れません。私はガーディアンである前に一人のメイドとして、達也さまと深雪様のお世話をすることが生き甲斐なのです」
「そうか、なら休めとは言わないでおこう。ただし、無理をしていると判断したら、強制的に休ませるからな」
「それは達也さまも同じ事では? 私などとは比べ物にならない大事なお身体なのですから、ご自愛くださいませ」
「多少の疲れなら一日寝れば回復する。だが、今回はそれほど疲れる任務でもなかったからな」
国防軍や大亜連合の人間の助けもあり、肉体的な疲れは殆どないと言っても良い状態だった。そう、肉体的な疲れは……
「ですが、達也さまもだいぶ精神的にお疲れのご様子です。他の婚約者様とご一緒の時に深雪様が嫉妬していたのを感じ取っていたのではありませんか?」
「それは何時もの事だから大丈夫だ。むしろ問題は、卒業生ご一行様だったな」
「服部先輩、沢木先輩、桐原先輩が戦闘に加わっていたとお聞きしましたが、それほどまでに疲れるような光景だったのでしょうか?」
「将来を見越して、彼らの実力を見ておきたかったのだろう。中佐は否定していたが、あれは積極的に参加させたようだったからな。それに、中条先輩も無意識に注目を集め過ぎていたからな」
「『梓弓』ですか?」
「それだけではなさそうだったがな」
その場には居合わせなかった達也ではあるが、あずさが服部たち三人のスーツを一瞬にして元通りにしたと噂で聞いていた。その速さと正確さが話題になっているのだが、一部では違う理由であずさは独立魔装大隊で噂になっているのだった。
「人の趣味にとやかく言うつもりは無いんだがな」
「そう言う事ですか……ですが、彼女は大学生になるわけですし、その辺りは自由だと思いますが」
「そうではなく、マスコット的な存在らしい」
「あぁ、なるほど……」
恋愛対象ではなく愛玩動物のような感じなのかと、何故達也がこれほどまでに疲れているのかを理解した水波も、そこはかとなく疲れたような表情を浮かべたのだった。
あーちゃんの扱いは何処でも同じですね