劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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あっという間に三月ですね……


ご褒美IFルート その3

 達也と二人きりという空間に耐えられず、水波は何かしようと立ち上がったが、既にピクシーがお茶の用意を済ませこちらに持ってきている最中だった。

 

「水波、大人しく座っていろ」

 

「ですが……いえ、分かりました」

 

 

 達也の命令に反論しかけたが、反論の言葉が思い浮かばずに水波は言われた通り腰を下ろした。

 

「そんなに落ち着かないか?」

 

「達也さまも、このような状況は落ち着かないのではありませんか?」

 

 

 水波からしてみれば、自分より達也の方がよほど休み慣れていないように思えてならないのに、この状況でも特にそわそわした様子もない達也に首を傾げたい気持ちを抱いていた。特に聞いたところで怒られることは無い事なので、丁度達也から問いかけられた事が良い具合に自分が達也に聞きたかったことと関係していたので、質問に質問を返す形になったが、水波は達也にその事を聞くことにしたのだった。

 

「そうだな……落ち着くことは無いが、水波程そわそわする事も無い」

 

「深雪様に――いえ、これは愚問でした」

 

 

 水波は「深雪になにかあったらとか考えないのか?」と尋ねようとして、達也が常に深雪を見守っている事を思い出して頭を下げた。

 

「水波は俺のように深雪のことを遠くから護衛する事が出来なくてそわそわしているのか?」

 

「いえ、それだけではないのですが……」

 

 

 まさか達也と二人きり――ピクシーはいるが――の状態が落ち着かないなどと言えない水波は、言葉を濁してこの話題から逃れようとする。

 

「やはり達也さまはご自宅に残られ、私だけが深雪様にご同行した方が良かったのではないでしょうか。その方が、達也さまもお休みになられますし」

 

「大まかな事は知っているとはいえ、細々とした事は毎年違うんだ。一応生徒会役員である俺が打ち合わせに最初から参加しないつもりだと思われるのは良くないからな。会長である深雪が、今は必要ないという感じで俺たちを隔離する分には、教師からの評価も落ちる事無く、かつ深雪をしっかりと護衛する事が出来るという深雪の考えだ。それに文句があるなら、深雪に直接言ってくれ」

 

「め、滅相もございません!」

 

 

 達也を休ませたいという気持ちは、深雪も水波も同じなのだが、深雪はなるべく自分の傍で、水波は一人でゆっくりと、という些細な違いだが、深雪にとっては大きな違いなのだろうと理解している水波は、そう言う事ならと無理矢理自分を納得させることにした。

 

「まぁ、のんびり出来る時間は限られているんだ。水波もゆっくりしたらどうだ」

 

「そう…ですね……頑張ります」

 

「休むのに頑張ってどうするんだ」

 

 

 達也の言う通り、気を休めたり身体を休める事を頑張るというのはおかしな表現だが、水波からしてみればおかしいどころか大真面目な発言だったのだ。達也と二人きりなど、彼女からしてみれば緊張して仕方のない状況なのだから、緊張を抑え、気を落ち着かせることを頑張る、という意味が含まれているのだった。

 

「達也さまは一科に転籍なさらなかったのですよね?」

 

「色々な人に言ったことだが、転籍の手続きが面倒だ、というのが一番の理由だな。後は、学年ごとに転籍して人間関係を構築し直すのが大変、という面もあるな。特に一科生の男子は、俺の事が嫌いだろうし」

 

「まだ身の程を弁えない愚か者がいるのですか……達也さまは正式に四葉家の後継者に指名された、社会的地位の高いお方。たかが魔法科高校の入学試験で上位だったというだけの人間が、達也さまより優れているとは思えないのですが」

 

「実戦では兎も角、こういった授業の中での魔法という分野では、俺は一科生の男子より劣っているとは思うのだがな」

 

「ですが、そんなことは実戦では意味はありません。例え授業で優れていようと、実戦で使えなければ劣等生です」

 

「それ、本人たちの前ではいうなよ。気づいていない事をわざわざ教えてやる筋合いはないからな」

 

 

 一科生たちを気遣ったようで、その実は黒い事だったと思い知った水波は、自分の考えの浅さに頬を赤らめ視線を床に向けた。

 

「別にその事を教えたところで、アイツらが考えを改めるとは思えないから言っただけだ」

 

「いえ、そのような簡単な事に気付かなかった自分が恥ずかしいのです……ただの調整体魔法師ではなく、私は次期ご当主とその婚約者様の傍にいながら、その程度の事すら考え付かない自分が情けなく、恥ずかしいのです」

 

「そこまで気にする事ではないだろ。水波は護衛として教育され、その前はメイドとして教育されたんだ。俺のように黒い考えをする程擦れていないだろ」

 

「ですが――」

 

 

 なおも自分を貶そうとした水波の口元に、達也の指が添えられる。特に抑えられたわけではないのに、水波の口はその動作だけで動かす事が出来なくなってしまった。

 

「気にするな、と言っても無駄だろうから、早いところ切り替えろ。俺が水波を苛めているようで居心地が悪い」

 

 

 視線で訴えて来る水波の頭を軽く撫でながらそう告げる達也は、何時も通りの無表情だ。だが水波には、自分の事を気遣ってくれているのだと、達也の意思をしっかりと受け取り、小さく頷いて気持ちを切り替える事に集中した。

 

「申し訳ありませんでした。余計なお気を使わせてしまって……」

 

「気にするな。水波は家族だから」

 

 

 自分の事を家族と認めてくれている事が嬉しく、水波はその後緊張することなく二人きりの空間を楽しんだのだった。




高望みしない子、水波

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