東京に戻ってきた達也たちを出迎えたのは、何故かこの家の鍵を持っていたリーナだった。
「お帰りなさい。お邪魔してるわよ」
「リーナ、貴女どうやってこの家に入ったの?」
「ミアから鍵を借りて、普通に玄関から入ってきたわよ。あっ、ミアは今買い出しに行ってるから」
一時期監視の名目でこの家で生活していたミカエラ・ホンゴウに鍵を預けっぱなしだったことを思い出し、深雪は俯き、そして彼女には似合わない舌打ちを誰にも聞こえないようにしたのだが、達也には聞こえていたようだった。
「それで、いったい何の用事かしら? 無人の家に勝手に上がり込んだんだから、さぞかし重要な用件なんでしょうね」
「ミユキたちだけタツヤとバカンスなんてズルいから、数日間この家で生活させてもらおうってだけよ。文句は言わせないわよ?」
リーナに噛みつこうとした深雪に、リーナが先に釘を刺す。確かに任務とはいえ数日間達也の傍にいた深雪に、文句を言う資格は無いのかもしれないが、彼女の気持ちは理屈では片付けられなかった。
「私たちは遊びに行っていたわけじゃないの。それはリーナだって理解してるでしょ」
「四葉家の仕事だって事は聞いてるわ。でも、それを差し引いてもミユキは達也と一緒の部屋に泊まったりしたんでしょ? だったら――」
「さすがに部屋は別に決まってるでしょ!」
「そうなの? ミユキって意外と意気地なしなのね」
リーナとしては、この旅行中に深雪が数歩前に行ってしまうのではないかと心配していたのだが、深雪の反応から何もなかった事を知り、ため息交じりにそう呟いたのだった。
「せっかく邪魔の入らない空間があったというのに、貴女何もしなかったの? ミユキのタツヤに対する気持ちってその程度だったの?」
「私はリーナみたいに節操無しだと思われたくないだけよ!」
「誰が節操無しよ!」
深雪とリーナが言い争っている横で、水波はどうすればいいかと達也に視線で問いかけた。
「家が壊れない程度には自由にさせておいて構わない。行き過ぎだと判断したら、お前が止めろ」
「私では深雪様の攻撃も、アンジェリーナ様の攻撃も防げませんが」
「冷静さを取り戻させるだけで十分だ。最悪、俺が治せば問題ないだろ」
「そうならないよう、達也さまがお止めになられればよろしいのでは?」
「下手に止めて遺恨を残すのは避けたいからな。俺は地下にいるから、何かあったら呼びに来てくれ」
「はい……あの、私が死んでしまった時は――」
「そこまで放置するつもりもない」
魔法の兆候に鋭敏な感性を持っている達也だから水波も安心して地下室に向かった達也を見送ることが出来たのだが、目の前で言い争う二人に盛大にため息を吐きたい衝動に駆られたのだった。
買い出しから戻ってきたミアが目にしたものは、リーナと言い争う深雪の姿だった。
「お帰りなさいませ、ミカエラ様」
「桜井さん、私に様は必要ありません。ミアとお呼びください」
「でしたら、私に敬称は必要ありませんので」
互いに譲れないものがあるようだが、二人はそれどころではないという事を思い出して視線を主(上司)に向けた。
「これはいったいどういう状況なのでしょうか?」
「我々が留守中に勝手に家で寛いでいたアンジェリーナ様に深雪様が苛立ち、お互いに気にしてる事を指摘され、その後はもう何が何だか……」
「達也殿なら止められたのではありませんか?」
「達也さまは、遺恨を残されたら面倒だからという理由で地下室に向かわれました。もちろん、喧嘩が発展して魔法大戦にでもなれば止めに入るとは仰られておりましたが」
「つまり、それまでは止めるおつもりが無いと?」
「達也さまは常に深雪様を視ておられますので、万が一という事も無いと思います」
ミアは達也の事情を詳しくは知らないが、彼の事をよく知っているであろう水波がそう言うなら安心出来るのだろうと、もう一度リーナたちに視線を向けてから小さく頷いた。
「リーナがここまで集中して誰かと言い争うなんて事は初めて見ました。それだけ深雪さんの事を意識しているのでしょうね」
「前にアンジェリーナ様が留学してきた際には、ライバルとして切磋琢磨していたとお聞きしていますので」
水波からしてみれば、深雪のライバルとして認められるなどと羨ましくもあり、凄い事だと思うのと同時に、ミアからしてみればスターズ総隊長アンジー・シリウスと互角以上に渡り合える深雪に畏怖すら抱く、それくらいリーナのライバルとしていられる事の凄さを実感していた。
「ところで、買い出しに行かれたようですが」
「えぇ。失礼かとも思いましたが、冷蔵庫の中を確認して、買い出しの必要があると判断しました」
「数日間家を空けるのですから、冷蔵庫の中身を整理するのは当然です。ですが、確かに買い出しに行く必要はありましたから、ありがとうございました」
「今日は私が用意いたしますので、桜井さんもお休みになられては如何でしょうか?」
「いえ、達也さまと深雪様のお世話をするのが私の使命ですから」
「では、二人で用意しましょうか。短い期間だったとはいえ、私もお二人のお世話を担当していましたから」
「では、さっそく取り掛かりましょう」
深雪とリーナの言い争いを他所に、水波とミアは二人で夕食の用意を始めたのだった。
ポンコツも頑張ってます