大人しく食事を済ませた二人ではあったが、すぐにまた言い争いを再開した。今回の原因は、リーナが達也と一緒に入浴しようとしたからだ。
「リーナ貴女、やっぱりはしたないわね」
「これくらい婚約者なら当然だと思うのだけど?」
「どこの当然よ!」
言い争いが始まってすぐに、水波は達也を浴室に逃がして、二人の視界からその動きが見えない位置に移動して彼を巻き込むのを避けた。
「水波さんは、達也殿をお慕いしているのですね」
「達也さまは尊敬するに値する人ですから」
「そう言う事ではなく、異性としても慕っていますよね?」
ミアの指摘に、水波は素早く深雪たちから距離を取った。もちろん、視界から深雪を外すわけにはいかないので、ギリギリ見える範囲までだが。
「命が惜しくないのですか、貴女は!」
「軽率でしたね……ですが、水波さんの達也殿を見る視線は、私やリーナと同じ雰囲気がありますよ」
「確かに達也さまの事は少なからず想っていますが、それ以上の感情は私にはありません。また、達也さまだって、私と一緒にいると、思い出したくない事を思い出してしまうでしょうし」
「どういう事でしょうか?」
ミアは水波の事情も、リーナから聞いた程度しか知らない。だから彼女が、達也の初恋の相手の生き写しであることも、その相手が達也の目の前で絶命した事も知らないのだった。
「私は達也さまのお側にお仕え出来るだけで十分です。それ以上を望むのは深雪様に喧嘩を売るようなものですから」
「良く分かりませんが、水波さんがそれで満足なのでしたら、私からはこれ以上何も申しません」
「すみません、そしてありがとうございます」
水波とミアの間に友情が芽生えたところで、二人は深雪たちの側に戻る事にした。
「だいたいね、ミユキが邪魔さえしなければ、今頃ワタシとタツヤの間には子供が出来ててもおかしくなかったのよ!」
「達也様はまだ高校生なのよ! リーナ貴女、達也様を肉体的に襲うつもりなのね! やっぱり叔母様に進言して、リーナの婚約を解除してもらうしか」
「恐ろしい事言わないで! タツヤを襲おうだなんて事、いくらワタシでも不可能に決まってるでしょ! そもそもそれは、ミユキが一番分かってるんじゃないの!?」
「リーナ如きに後れを取る達也様ではない事は分かっているけど、万が一という事もあるでしょ! そもそも、貴女が子供とか言い出したのが原因でしょうが!」
相変わらず争いの種が尽きない二人を、水波とミアは生暖かい視線を向けながら眺めていた。
「まだやってたのか」
「達也さま、湯加減が如何でしたか?」
「丁度よかった。それより、今は何で言い争っているんだ?」
「アンジェリーナ様との間に子供がどうとか――」
「相変わらず妄想が好きだな、リーナは」
水波から聞かされた理由に、達也は苦笑いを浮かべながら二人の言い争いを眺める。
「暫く終わりそうにないだろうから、二人は好きにしてて構わないぞ。ここは俺が見ているから」
「いえ、達也さまのお手を煩わせるわけにはいきませんので」
「気にするな。まだ片づけとかが終わってないんだろ」
達也がキッチンに視線を向けそう告げると、水波が申し訳なさそうに頭を下げた。
「水波が謝ることではない。二人がこの状態じゃ仕方ないだろう」
「ですが、片づけも満足に出来ないメイドなど、達也さまのお側にお仕えするに値しないダメメイドですし……」
「水波は頑張ってくれてるだろ。今だって、深雪たちが暴走しないように気を付けていたんだろ? だから、気にせずこの場は俺に任せて片付けを済ませろ」
「……かしこまりました」
口で達也に敵うはずもないと分かっていながらも素直になれなかった水波ではあったが、最終的に達也の優しげな表情に絆され一礼してからこの場を後にした。
そんな水波に続くように、ミアも一礼してからキッチンへと移動する。
「達也殿ってあんな表情も出来るんですね」
「達也さまが感情をお見せになるのは、限られた相手だけですから」
「その辺りはリーナから聞いていますが、水波さんはその『限られた人』の内の一人なのですね」
「どうなのでしょう……」
水波は、達也のあの感情が自分に向けられたものなのか、それとも遺伝子上の叔母に向けられているものなのか判断が付かないのだ。それだけ達也と穂波の関係は特別なものであり、達也が気にしてないと言ってもそれを信用出来るほど二人の事情を知らないわけでもないのだから仕方なかった。
「とりあえず、ここを片付けて深雪様たちをお止めしなければ」
「ですが、水波さんや私では、深雪さんとリーナを止められるとは思えないのですが」
「それでも、側に仕えるものとして何とかしなければいけません。アンジェリーナ様も、ミアさんにとって上司なのですから、上司の暴走を止めるのも仕事の内ですよね?」
「リーナは昔から思い込みが激しかったですからね……とりあえず、片づけちゃいましょうか」
本来なら深雪が喜々としてやるはずの仕事をしながら、水波は意識の半分以上を深雪とリーナに向けていた。達也が二人を視てくれているからまだ安心出来ているが、何時限界に達して魔法戦争になるかひやひやしているのだ。
「同族嫌悪、なのですかね?」
「深雪様もアンジェリーナ様も達也さま至上主義ですからね……」
根本は同じだと水波も思っていたので、ミアの考えに苦笑いを浮かべながら同意したのだった。
こっちの二人は友好的ですが……