達也の荷物を片付けた夕歌は、そのまま深雪の手伝いもするつもりだったのだが、リビングにはすでに深雪と水波の姿があった。
「さすがに二人とも片付けが早いわね。でも、そのまま休んでても良かったのに」
「深雪様はお休みになられてください。ここは私が一人で引き受けますので」
「大丈夫よ、水波ちゃん。私は達也様みたいに戦闘行為をしたわけでもないのだし、飛行機内でゆっくりさせてもらったから。それよりも水波ちゃんこそ、ゆっくりしたらどう? 慣れない場所で疲れてるんじゃないかしら」
夕歌の事を無視しているような態度で会話を続ける二人を見て、夕歌は苦笑いを浮かべながら達也に視線をずらした。
「随分と嫌われちゃってるわね、私」
「深雪も水波も今日は休め。せっかく夕歌さんが手伝いに来てくれたんだ、その厚意に甘えるのも良いと思うぞ」
「ですが――いえ、達也様がそう仰るのでしたら。水波ちゃん、少し疲れたからマッサージをお願い出来るかしら」
「かしこまりました。では津久葉様、ここはお任せしてもよろしいでしょうか」
「大丈夫よ。準備出来たら呼びに行くから、ゆっくりとしててちょうだい」
水波の厭味ったらしい言い方にも、夕歌は笑顔でそう答える。大人の余裕、とまではいかなくとも、水波程度の嫌味で表情を変えるような神経ではなかったのだ。
「随分と敵視されてるわね、私……深雪さんとは同じ婚約者のはずなのに、何故こうも敵愾心剥き出しの態度を取られちゃうのかしら」
「深雪は幼少期、俺との触れ合いを最小限に留められたから、ではないですかね」
「私だって、それほど達也さんと親しく出来てたわけじゃないんだけど?」
「じゃあ、直接本人に聞いてください」
厄介ごとの臭いを嗅ぎ付け、達也はそうはぐらかして地下室へ逃げ込もうとしたが、がっちりと夕歌に腕を掴まれてしまった。
「一人で調理しててもつまらないから、話し相手になって」
「それでしたら、深雪か水波をこの場に残した方が良かったのではありませんか?」
「せっかく達也さんに私の手料理を食べてもらおうと思ってきたのに、深雪さんや水波ちゃんに邪魔されたら意味ないじゃない。だから、達也さんに相手してもらいたいの」
「……何が邪魔なのかは聞きませんが、話し相手くらいなら構いませんよ」
楽しそうに調理を進める夕歌の隣で、達也は手持無沙汰感を味わいながら夕歌の話し相手を務めたのだった。
夕歌の用意した夕食を済ませ、片づけは自分がと申し出た水波がリビングから逃げ出し、残ったのは夕歌を睨みつける深雪と、その視線をものともせず達也にじゃれつく夕歌、そして何もせず、何も気にしない達也の三人だった。
「夕歌さん、少し達也様にくっつき過ぎなのではありませんか?」
「もう誓約も無いんだし、別に良いじゃない」
「人前でそのような事、はしたないと思わないのですか?」
「私は深雪さんみたいに、淑女の嗜みなんて身に着けてないもの。多少のはしたなさは愛嬌よ」
深雪は母親から徹底的に淑女の嗜みを叩き込まれたので、夕歌のように大胆な行動に出る事は出来ないのだ。それが羨ましいので、こうして嫉妬の視線を浴びせているのだが、夕歌がその程度で動じるわけもなかった。
「せっかくだし、達也さんのベッドで一緒に寝てもいいかしら?」
「夕歌さん、これ以上深雪を刺激するのは止めてください」
「あら、バレてたのね」
「知的な貴女が、必要以上に挑発的な態度を取っている時点で、深雪をからかって遊んでいるのは分かるはずですが」
呆れた視線を向けると、夕歌は小さく舌を出して深雪に頭を下げた。
「まさか本気で深雪さんが嫉妬するとは思わなかったわ。私だって命は惜しいもの。本気で深雪さんを挑発するわけないじゃない」
「夕歌さんは昔から人をからかって楽しむ傾向がありましたので、今回も楽しんでいるのかとは思ってましたが、まさか冗談だったとは分かりませんでした」
「私、そんなに性格悪くないわよ?」
「からかわれたので、お返しです」
深雪の表情からは、何割かは本気だと読み取れたが、下手にツッコんで本気で深雪を怒らせるのは夕歌としても避けたいところだったので、とりあえずは納得して達也から離れる事にした。
「でも深雪さん。私程度の行動でイライラしているようでは、他の婚約者の方が達也さんと『そう言う事』をしたらどうなっちゃうのかしらね」
「達也様と…そう言う事を……」
いったい誰で想像したのか、達也にも夕歌にもそれは知りようがない。だが深雪が想子の嵐を巻き起こしたのを見て、即座に達也が無力化し、夕歌が深雪を宥めた。
「とりあえず落ち着いて、深雪さん。例えそうなったとしても、深雪さんの方が先に行ってるはずだから」
「私が…先に、達也様と……」
今度は顔を赤らめて、身体をクネクネとさせた深雪を見て、達也も夕歌も苦笑いを浮かべた。
「とりあえず、今日は深雪さんの部屋に泊まらせてもらうわね」
「ええ、構いませんよ」
ニッコリと笑みを浮かべて夕歌の申し出を受けた深雪の顔は、まだ真っ赤だったが、二人はその事を指摘することなく深雪に見えない角度で、もう一度苦笑いを浮かべたのだった。
対する深雪は余裕なさげですね