とりあえず真夜を達也のベッドから移動させることに成功した深雪ではあったが、すぐに別の問題が発生した。
「叔母様、何故お兄様のバッグを漁っているのでしょうか?」
「たっくんの上着を借りようかと思って」
「寒いのでしたら、私の上着をお貸ししますが」
「深雪さんのでは、少し小さいのですよね。だから、たっくんのが一番いいのですが……仕方ありませんね」
見つけられなかったので、真夜は諦めて水波が用意してくれたお茶に手を伸ばした。
「葉山さんのお茶も美味しいけど、水波ちゃんもさすがですね」
「恐縮です」
「深雪さんも、座ったら?」
先ほどまでの奇行を無かったものとして話を進める真夜に、深雪はため息を吐きたい気持ちに駆られた。
「叔母様はどのような御用でこちらに? 私や達也様を名代にするほど忙しいはずの叔母様が来られたからには、さぞかし重要な事と思いますが」
用件は先ほど聞いているのだが、それで納得出来るほど深雪は心が広くない。いや、達也の事に関してだけ言えば、ではあるが。
「先ほども言ったと思いますがね。時間的余裕が出来たので、せっかくならたっくんと一緒に過ごしたいなと思って沖縄に来たのですよ」
「四葉家の当主が、わざわざ家を離れる理由にはならないと思いますが」
「四葉家当主としてではなく、一人の親としてここに来たのだから、その理由は必要ないのよ」
「ですが――」
何かを言いかけた深雪ではあったが、反論したところで真夜を東京に帰す事は不可能だと思い知って大きくため息を吐いた。
「そんなに嫌がらなくても良いじゃないですか。私と深雪さんは叔母と姪なんですから。たまにはゆっくりと過ごしましょう」
「叔母様の目的は達也様ですよね? 私は達也様が戻られる間の時間つぶしですか?」
自虐的な深雪に対して、真夜は実に面白そうに笑っている。
「そんな事ないわよ。深雪さんも次期当主候補だったせいで、めったに話す事が出来なかったですからね。たっくん同様、深雪さんも私の可愛い姪なのですから、この機会に交流しておくのも悪くないと思っていますよ」
「……そうですか」
真夜の表情から、嘘を吐いている様子は感じられなかった。深雪はとりあえず納得して真夜の正面に腰を下ろし、水波が用意してくれたお茶を一口啜る。
「それで、叔母様は私と何を話したいのでしょうか?」
「そうねぇ……まずは、たっくんと一緒に生活するのってどんな感じかしら?」
「どんな、と言われましても……私にとってそれは当たり前の事ですので」
「羨ましいわね……本当なら、私もたっくんと当たり前に生活が出来たかもしれないのに」
「叔母様も達也様の能力を封じるのに一噛みしてるのですから、それは仕方ないと思います」
「先代がたっくんが世界を滅ぼすかもしれないとかいうから、泣く泣く力を封じただけで、気持ち的には反対だったのよ? その後、人造魔法師実験の被験体にたっくんを選んだのも、姉さんがたっくんの力を弱めようとしたからで、私としてはそんなことしないで封印を解きたかったんだけどね」
昔を思い出してしみじみと語りだした真夜を見ながら、深雪は本当に達也の事を愛しているのだなと思っていた。もちろん、自分の方が達也の事を愛しているという自信はある。だが、真夜の愛していると自分の愛しているは違うものだと理解しているため、張りあう事はしなかった。
「ところで、深雪さんは最近龍郎さんと会っているのかしら?」
「会っていません。二年前の夏に、FLT第三課でたまたますれ違ったのを最後に、顔も見てなければ声も聞いていません」
「やっぱり、姉さんが死んですぐに再婚したのが許せないのかしら?」
「それもありますが、基本的に達也様を侮辱する連中とは顔も合わせたくありません。本当なら青木さんとも会いたくないのですが」
「青木さんは今、たっくんたちが使う新居の工事から、転籍手続きなどを必死になってやってくれてますから、当分深雪さんたちと顔を合わせる事は無いでしょうね」
「何故青木さんがそのような事を?」
「たっくんを軽んじてた罰よ」
ニッコリと笑う真夜につられて、深雪もクスクスと笑い出す。達也が真夜の息子で、次期当主に指名された時の青木の表情を思い出したのだ。
「あの時の青木さん、凄く驚いていましたよね」
「青木さんは私が当主になることを従者全員が望んでいる、とか言っていましたからね」
「それ、何時の話かしら?」
「あの人と会った時ですから、二年前です」
「あらあら、その時はまだ誰に跡を継がせるかなんて決めてなかったのに。青木さんも勝手な事を」
「達也様にも同じような事を言われ、顔を真っ赤にして喰いかかってました」
「仕事っぷりは申し分ないのだけども、思い込みが激しいのが難点なのよね、青木さんは」
空になったカップをテーブルに置き、心底つまらなそうにため息を吐いた真夜に、水波は恐怖する。青木は同じ使用人ではあるが、自分よりもはるかに上位に存在するのだ。その青木が真夜に呆れられる事があるなどとは思っていなかったので、自分が同じような事をしたら消されると思ったのだろう。
「水波ちゃん、おかわり」
「は、はい! すぐにご用意いたします」
真夜に声を掛けられ、水波は弾かれたようにおかわりを用意するのだった。
水波の居心地の悪さは尋常じゃないでしょうね……