達也と話すだけで満足出来るかとも思っていたが、話すうちにもっとを期待してしまっていた。もちろん、達也は学生で、ここは学校なのだからそんなことはあり得ないと頭では理解しているのだが、どうしても期待してしまうのだ。
「小野先生、先ほどからそわそわとしているようですが」
「もしかしておトイレ?」
「違います!」
怜美のデリカシーの無い一言に、遥は大声で否定する。女同士なら笑ってごまかしたかもしれないが、この場には達也もいるのだ、笑って済ませられる冗談ではない。
「安宿先生は何処となく下品ですよね」
「そうかしら~? でも、司波君は気にしないわよね」
「生理現象は平等に訪れますからね」
「だから違うってば!」
自分がズレているのかと一瞬思ったが、慌ててその思考を追い出す為に頭を振る。どう考えてもおかしいのは二人で、自分が正しいのだと誤解しないために。
「じゃあ何でそわそわしてたのかしら~?」
「うっ、それは……」
人の事を下品だとか言った手前、自分が考えていた事を言えるはずもなかった。
「もしかして、司波君に抱かれる妄想でもしてたのかしら~?」
「っ!? な、何をっ!」
「図星みたいね~。まぁ、すぐ隣の部屋にはベッドがあるわけだし、そう言う事を考えちゃっても仕方ないのかもしれないけど、思春期の女の子じゃないんだから、そんな事で興奮したりしないわよね?」
「と、当然です! その程度で興奮したりなど――」
「鼻血、出てますよ」
達也が冷静な態度で指摘すると、遥は慌てて鼻を押さえて鏡を覗き込む。
「あらあら、小野先生は初心なんですね」
「からかい過ぎでは?」
「散々人の事をデリカシーが無いだとか、下品だとか言っておきながら、頭の中ではそんなことを考えていただなんてね~」
「ご、ゴメンなさい……」
「まぁ、私も司波君に抱かれる妄想なら毎日してるんだけどね~」
怜美の発言に、遥は顔を真っ赤にして怒鳴りつけようとしたが、自分もしていた手前何も言えずにただ立ち上がっただけになってしまった。
「どうしたの? やっぱりトイレ?」
「だからそれは違います!」
「司波君、保健室に移動してもいいかしら?」
「別に構いませんが」
怜美の意図を勘違いした遥は、ますます興奮して鼻血を垂らす。
「小野先生の手当をしなきゃいけないしね。これ以上カウンセリング室に血痕を作るのは良くないもの」
「け、結婚っ!?」
「落ち着いてください。血の痕です」
「あぁ、そっちね……」
達也のツッコミである程度の冷静さを取り戻した遥は、鼻を押さえながら保健室に移動するのだった。
遥の治療を済ませ、今度は怜美が用意したお茶を飲みながら談笑する事になったわけだが、話題はしばらく遥の妄想に対する怜美のからかいだった。
「まさかあの小野先生がね~。男子生徒の興味の対象とか言われてるのに、まさか抱かれる妄想をしただけで鼻血を出すとはね」
「べ、別にそう言う対象じゃありませんから」
「他の男子が?」
「うぐっ……」
「まぁ、確かに他の男子にどう思われようが関係ないですよね~。司波君にさえ興味を持ってもらえればそれでいいんですし」
「安宿先生、あまり小野先生を苛めるのは」
「『怜美』って呼んでくれないと止めないもーん」
「何を子供みたいなことを……」
そろそろ遥が限界だと判断した達也が止めに入ったが、怜美は子供じみた事を言って止めようとはしなかった。達也はまだ弄り足りないのかとも思ったが、どうやら怜美の方は本気で名前で呼ばれないと止めないつもりだと雰囲気で理解した。
「まぁ、他の生徒がいなければ構いませんが……怜美先生、そろそろ止めてあげたらどうですか?」
「先生もいらないんだけど、まぁいいわ。小野先生、今日はこのくらいで勘弁してあげますね」
「悪役みたいな事を……」
「ところで司波君」
「何でしょうか」
甘えるような声で達也にすり寄る怜美を、達也は警戒心を剥き出しにした視線で見詰める。もちろん、達也としては普通に視線を向けただけなのだが、遥にはそう思えたのだった。
「君の事『達也君』って呼んでもいいかしら?」
「別に構いませんが、さっき言ったように、他の生徒がいない場所だけでお願いします」
「あら。私たちは正式に『愛人』として認められてるんだから、別に構わないんじゃないかしら?」
「余計な面倒事を起こしたくないだけです」
「余計なって……面倒事は基本的に起こしたくないものだと思うけど?」
「俺個人で起こしたものは兎も角、巻き込まれるのは御免だという事です」
「君は基本的に巻き込まれてると思うけど……それじゃあ、私も達也くんって呼ぶわね」
どさくさに紛れて遥も達也の事を名前で呼んだが、達也は特に意識せずにはるかに視線を向ける。
「な、なによ?」
「いえ、遥ちゃんは名前で呼ばれても大丈夫なのかと思いまして」
「あぅ……」
過去にからかいで許可した呼び方をされ、遥は顔を真っ赤にする。
「あーズルい! 達也君。私の事もちゃん付けて呼んで!」
「安宿先生。止めておいた方が良いですよ……身体中の血液が鼻から噴き出そうです」
「そんなになの!?」
冗談だと理解出来るが、それくらい興奮する者なのかと怜美は思い、少し考えてこの提案は引っ込めることにしたのだった。
「とりあえずは、私たちの事も忘れないでね」
「そこまで記憶力が低いと思われてるんですか?」
「そう言う事じゃ無いわよ」
「分かってます」
怜美がどんな意図で言ったのか、ちゃんと理解した達也は、苦笑いを浮かべながら残っていたお茶を飲み干したのだった。
二人の出番は本編であるのかな……