劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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驚きは最小限で


IF婚約者ルート亜夜子編 その2

 深雪の部屋で二人きりになり、亜夜子は前々から気になっていたことを尋ねた。

 

「深雪お姉さまは、何故達也さんの事を異性として好きになられたのですか? あの事件が原因で関係が変わったという事だけは知っていますが、具体的にはどのようにして変わったのでしょうか?」

 

「亜夜子ちゃんは聞いてないのね……あの事件の時、私は本当なら死んでいたのよ」

 

「死んでいた? 達也さんに再成していただいたという事ですか?」

 

「そうね。ゲリラ兵に撃たれて、私もお母様も穂波さんも本当なら死んでいたはずだったの。それを達也様が間一髪のところで駆けつけてくださり、私たちを再成してくださったの。そこから達也様の真のお力を知り、尊敬の念がいつの間にか敬愛に変わり、そのまま愛情に変わった、って感じかしらね」

 

「そうだったのですか……気軽に聞いていい話では無かったですね」

 

「気にしなくていいわよ。亜夜子ちゃんは達也様のお力を知っているのだし、亜夜子ちゃんだって達也様を好きになった理由は、私とあまり変わらないんじゃない?」

 

 

 深雪が尊敬から愛情に変わったように、亜夜子も最初は達也の事を尊敬していたのだ。そこから長い年月をかけて愛情に変わっていったので、深雪の言葉に無言で頷く事しか出来なかった。

 

「四葉家は力が全ての家だものね。まだ極散を使いこなせなかった亜夜子ちゃんは、少し疎んじられてた節があったもの。それを達也様が亜夜子ちゃんに極散のやり方を分かりやすく教えてくださったお陰で、今の亜夜子ちゃんの地位があるのですものね」

 

「初めから達也さんの事を下に見るなどという事はしませんでしたが、あの時から達也さんは私の目標であり憧れでもありましたから」

 

「例えご当主の直系だろうと、力が無ければ疎んじられる。そんなことを当たり前だと思っていた自分が恥ずかしいくらい、達也様の実力は想像を超えてましたからね」

 

「深雪お姉さまは私たちより長い時間達也さんの側にいたのに、全く気付かなかったのですか? ガーディアンでしたのに?」

 

 

 亜夜子の皮肉めいた言葉に、深雪は表情を引きつらせる。まだ達也に興味が無かったからとはいえ、一番近くにいながらその実力に気付かなかったのは事実、反論の余地が無かったのだ。

 

「まぁ、達也さんが上手く隠していたというのもあったのでしょうけどね。達也さん、人前では術式解体くらいしか使わなかったですし」

 

「そうね……」

 

 

 勝ち誇った表情の亜夜子に対して、深雪はそれしか答える事が出来なかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、何時も通りの時間に目を覚ました亜夜子だったが、部屋にはすでに深雪の姿は無かった。

 

「このような時間から……?」

 

 

 時刻はまだ朝の六時前。普段なら特に気にすることなく着替えを始める時間だが、部屋に深雪がいないことが気になり寝間着のままリビングへと向かった。

 

「おはようございます、亜夜子様」

 

「水波さん……随分とお早いのですね」

 

「達也様が稽古にお出かけになるのが早いですから、自然と私たちもその時間に合わせて起きる事になりました」

 

「そうでしたね……達也さんの朝は早いのでしたね」

 

 

 すっかりと失念していたと、亜夜子は悔しそうに俯く。そんな亜夜子に、勝ち誇ったような視線が突き刺さり、亜夜子は即座に顔を上げ、視線を辿った。

 

「深雪お姉さま……」

 

「おはよう、亜夜子ちゃん。随分と遅いお目覚めね」

 

 

 世間一般に当てはめれば、決して「遅い」と言われるような時間ではないが、亜夜子は深雪の言葉に苦虫をかみつぶしたような表情で挨拶を返す。

 

「おはようございます、深雪お姉さま……慣れない環境に緊張していた所為か、眠りに就いた時間が遅かったのかもしれません」

 

「そうかしら? 私とあまり変わらない時間に寝ていたと思うのだけど」

 

 

 昨日の仕返しとでも言いたげに得意満面の笑みを浮かべている深雪に対して、亜夜子はただひたすら舌打ちを我慢するしか出来ない。

 

「とりあえず着替えて来たらどうかしら? そろそろ朝食の準備も始めるから、良かったら亜夜子ちゃんも一緒にどう?」

 

「……お誘いありがたく頂戴いたします。着替えてすぐにお手伝いさせていただきます」

 

 

 苦々し気にそう答えて、亜夜子は深雪の部屋に戻っていく。途中壁を殴りたい衝動に駆られたが、そこは淑女の嗜みとして行動に移す事はしなかった。

 

「やられた! やられた! 完全に深雪お姉さまにしてやられましたわ!」

 

 

 部屋の扉を閉めてすぐ、亜夜子は悔し気にそう叫ぶ。

 

「達也さんのスケジュールを把握している深雪お姉さまに敵うはずもないとはいえ、あんなにも勝ち誇られるとは!」

 

 

 亜夜子がこの家にやってきたのは、深雪だけを独走させないためという理由もあったのだが、初日から盛大に後れを取ってしまい、焦りからさらに悔しさがこみ上げてきたのだった。

 

「せめて朝食の準備はしっかりとお手伝いしなければ! これでは私を信じて送り込んでくださったご当主様や夕歌さんに申し訳がありませんわ」

 

 

 もう一度自分を鼓舞するように呟いてから、亜夜子は着替えを済ませリビング、そしてキッチンへと向かう事にした。これから先は自分も達也の食事を用意する事になるのだからと、亜夜子は深雪に張り合うという気持ちだけではない気合いを入れて準備に取り掛かったのだった。




小姑が二人いるみたい……

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