このままではこの家に来た意味がないと覚悟を決め、亜夜子は深雪にとある提案をすることにした。本当なら深雪を巻き込むのは避けたかったのだが、あまりにも深雪の想いが強いと思い知らされたので、彼女を除け者にするのは不可能だと判断して、邪魔をされるくらいなら巻き込んでしまおうと考えたのだった。
「深雪お姉さま、少しお願いがあるのですが」
「なにかしら、亜夜子さん」
達也を出迎える準備を済ませ、後は達也が帰ってくるのを待つだけなので、深雪は落ち着いた雰囲気で亜夜子の問いかけに答える。
「本当なら深雪お姉さまを巻き込むのは避けたかったのですが、この際深雪お姉さまもご一緒にご当主様の計画に参加いたしませんか?」
「叔母様の? いったいどんな計画かしら?」
自分にとって悪い話ではないのだろうと判断して、深雪は亜夜子の話を聞くことにした。もし自分にとって不都合な話だった場合は、その計画を潰せばいいだけだと思ったのかもしれない。
「本当でしたら、深雪お姉さまから達也さんを引き離そうとしていたのですが、私個人の判断でそれは不可能だと思い知らされました。ですから、深雪お姉さまもご一緒に達也さんに甘えまくるです」
「達也様に甘える……それは、叔母様のように達也様の膝の上で丸くなったり、あーんをしてもらったりと言う事かしら?」
「深雪お姉さまが恥ずかしくないと仰るのでしたら、それも宜しいのではないでしょうか」
亜夜子としては、隣に座ってちょっと意識させたりから始めようと思っていたのだが、深雪は最初からフルスロットルで甘えるつもりのようだった。
「私が…達也様に甘える……」
「深雪お姉さまはとっくに甘えまくってると思っていたのですが」
「そんなわけないでしょ! 私と達也様はつい最近まで兄妹だと思っていたのだから、兄妹のスキンシップ程度ならあるけど、それ以上なんてありません!」
「そこまで大きな声を出さなくても聞こえています……」
深雪にとって甘えまくっていると思われている事が不本意だという事を思い知らされ、亜夜子は話題を変える事にした。
「ご当主様と同じように甘えるのはかなり難しいと思うのですが、深雪お姉さまは同じように甘えるのですよね? 私はさすがにゆっくり甘えようと思いますので、くれぐれも邪魔はしないでくださいね」
「しないわよ。私を除け者にしてたら分からなかったけど、一緒に甘えられるならそれで構わないからね」
亜夜子は深雪を巻き込んだ作戦に変更した自分を心の中で誉めた。もし除け者にしてたら、もしかしたら自分の命は無かったかもしれないと思えるほどの雰囲気を、今の深雪は醸し出していたのだった。
家に帰ってきた達也は、いつもと違う雰囲気を感じ取っていた。
「水波、深雪と亜夜子はどうした?」
「お二人でしたら、リビングでお待ちです」
「リビングで?」
何時もなら深雪も出迎えに来ているので、水波しかいなかった事がまず最初の違和感、その次は昨日はギスギスしていた深雪と亜夜子が仲良くリビングで待っている、というのが二つ目の違和感だった。
「おかえり、た、たっくん!」
「深雪? 何かあったのか?」
「深雪お姉さま、そこまで真似しなくてもいいと思うのですが」
呼び方まで真似をした深雪に、亜夜子は驚いた表情で抱き着いた深雪に続いて、達也の腕にしがみついた。
「これはいったいどういう事だ、亜夜子」
「本当は深雪お姉さまを巻き込む予定では無かったのですが、除け者にするのは不可能だと判断して巻き込むことにしましたの。ですので、これから甘えまくるので覚悟してくださいね、達也さん」
「た、たっくん! 亜夜子さんばかり見てないで、私の事も見てください!」
「深雪も落ち着け。母上の真似をしなくても良いんじゃないか?」
「いいんです! 叔母様より下に思われたくないのです!」
「比べる必要は無いと思うんだが……」
「達也さん、お風呂の準備が出来てますので、私と深雪お姉さまの二人で汗を流して差し上げます」
「必要ない。二人は大人しくリビングで待っていてくれ」
達也はそそくさと二人から抜け出し、何時も通りシャワーだけを済ませてリビングに戻ってきた。
「達也さま、朝食の準備が整っております」
「ご苦労だった。ところで、あの二人は何を企んでいるんだ?」
「私には分かりません。ご当主様の計画だと言う事だけは聞いておりますが……」
水波に聞いても仕方ないと思い知らされ、達也はいつも通りの位置に腰を下ろす。その後すぐに、亜夜子が隣に腰を下ろし、深雪が達也の膝の上に腰を下ろした。
「今日は私たちが達也さんに食べさせてさしあげますので、達也さんは大人しくしていてくださいね」
「わ、私はた、たっくんに食べさせてもらいたいです」
「分かったから、その呼び方は止めてくれ。深雪も呼びにくいだろ」
「はい……分かりました、達也様」
呼びにくいと自分も思っていたので、深雪は達也が命じてくれたのを幸いと思い呼び方を戻した。だが膝の上からどくつもりは無いので、そのまま達也の膝の上で丸くなる。
「羨ましいですわ……私にもそれくらいの度胸があれば……」
「何か言ったか?」
「いえ、何でもございませんわ。では達也さん、あーん」
その後も亜夜子と深雪は達也に甘えまくり、他の婚約者から非難されるのだが、二人はそんなことを気にすることなく幸せな表情を浮かべていたのだった。
深雪キャラ崩壊……?