風間たちとのティータイムを終えて、達也はスピード・シューティングの決勝トーナメント会場にやって来た。予選とは人の入りが違うようで、達也はキョロキョロと空席を探した。
「達也君、こっちこっち!」
達也の事を見つけたエリカが、大声で達也を呼ぶ。本来ならかなり注目を集める行為だが、会場の関心は試合に向いていた為にそれ程注目はされなかった。
「随分と人が多いな」
「七草会長が出るからですよ。他の試合はこれほど多くありません」
「そうか、ところで幹比古は?」
「気分が悪くなったから部屋で休んでるってさ。熱気に中てられたみたいよ」
エリカが確保しておいてくれた席に座り、達也はとりあえずの疑問を片付けた。
「ほのか、見づらくないか?」
「大丈夫です! それに達也さんの後ろだと……」
「ん?」
「な、何でも無いです!」
何を言いかけたのか気にはなったが、隣でもの凄い視線を送ってきている妹に気付いている達也は、それ以上の追及はしなかった。
「そう言えば達也、さっきまで何処に居たんだ? 探しても見つからねぇしよ」
「知り合いに呼ばれてたんだ」
「ふーん、こんな場所で知り合いに会うなんて、スゲェ偶然だな」
事情を知りようも無い他のメンバーもレオの感想に頷いて同意したが、唯一事情を知っている深雪としては、顔に出さないように必死だった。
「相変わらず凄い人気だな」
「達也君だって他の高校だったら夢中になってたかもよ?」
エリカの冗談に深雪の機嫌が下降する。ほのかと雫の心中が穏やかでは無くなる。もしもの話でも達也が真由美に夢中になるなんて事は、少女たちには耐えられない事なのだ。
「猫かぶり状態なら分からんが、本性を知ってるとそんな事は無いだろ」
「でも他校なら本性を知れないんじゃない?」
「さぁな。あの人は出会ってすぐに本性を現したから、他校とかそう言った事は関係無いと思うんだがな」
「そうかな……でも、達也君が異性に夢中になってる姿なんて想像出来ないね」
自分で話題を振っておいて、簡単にその話題を否定した。エリカは何がしたかったんだと、達也は軽く視線を向けて探ったが、すぐに興味を無くしエリカから視線を逸らした。逸らした先に居たのは、不機嫌な深雪だった。
「深雪? 何かあったのか?」
「い、いえ! 何でもありません、お兄様」
「……ほのかと雫も如何かしたのか?」
原因は分かっていても、その事を堂々と指摘するほど、達也は無神経ではない。嫉妬していた三人は、達也に声を掛けられて慌てて平常心を取り戻そうとした。
「あっ、始まりますね」
エリカが振った話題にもさほど興味を示さなかった美月が、暢気にそんな事を言う。だが結果的にそのおかげで達也の興味が試合に向いた。
試合はワンサイドゲームだった。有効エリアに入ったと同時に、真由美はクレーを破壊してポイントを稼ぐ。誤射の心配が無い分、相手にも有利なのだが、真由美は予選と戦い方を変えない。
「えっ?」
そして会場が一瞬の静寂に包まれる。相手選手のクレーの後ろに真由美のクレーがあったのにも関わらず、真由美は自分のクレーだけを打ちぬいた。正面からでは無くクレーの下からドライアイスの弾丸が放たれたのだ……
「『マルチスコープ』に死角はありませんものね」
「そして七草会長なら全方位から撃てる」
「全方位?」
「ああ、会長の魔法『魔弾の射手』が作りだすのは、弾丸では無く銃座だからな」
「そうなんですか」
達也の説明にほのかが頷く。疑問が解決してすっきりしてるのは他の面々も同じだ。
「これが競技だから良いが、想像してみろ。もしこれが戦場で、もし威力を最大に設定した魔弾の射手を使われたら」
「!?」
「全滅です!?」
「そんなのありかよ……」
達也の「もし」の話を想像して、それぞれが違った表現で戦く。
「たった一人で戦争を勝利に導く事が出来る。それが十師族だ」
最早試合に興味すら持っていない達也に、全員が視線を向ける。自分たちが想像した事と同じ事を想像してたのに、全く恐怖を抱いていない達也に、畏怖さえ感じていたのだ。
「スゲー! パーフェクトだ!」
観客の歓声で現実に復帰した面々は、真由美の結果に感動して騒ぎ出す。達也に感じていた畏怖も、綺麗さっぱり忘れるほど、真由美の結果は衝撃的だったのだ。
「高校生レベルでは相手にならなかったな」
真由美の結果にも淡々とコメント出来る達也は、やはり普通の高校生とは思えなかった……
決勝も圧倒的な強さで制した真由美。一高生徒会の女子と、摩利を含めたメンバーでささやかな祝勝会が開かれた。
「かんぱーい」
「会長、優勝おめでとうございます」
「ありがとー」
あずさの賛辞を嬉しそうに受ける真由美。始まる前からこの結果は分かっていただろうが、やはり実際に優勝して舞い上がってるのだろう。
「まずは予定通りだな。男子の波乗りは服部が何とか残ったし」
「服部君、此処に来てからずっと調子が出ないみたいです」
「それを含めて実力だからな」
「幸いはんぞー君は明日オフだしね」
「担当の木下君とCADの調整をするようです」
「木下君も十分な働きをしてくれるしね」
「だが結果が出なければ意味が無いがな」
摩利の辛辣なコメントに、部屋が静かになる。
「木下君は明日女子クラウド・ボールのサブ担当ですが」
「はんぞー君に付きっ切りだと厳しいわね……」
「では、男子のサブの石田君に頼みますか?」
「男女ともだと、石田君に負担が掛かっちゃうわよ」
「では明日、明後日共にオフの司波君に頼むのは如何でしょう?」
鈴音が達也の名前を出したと同時に、真由美の表情が明るくなった。
「そうね、達也君なら不測の事態にも対応出来るでしょうし、深雪さん、お願い出来ないか聞いてきてくれる?」
「はい」
達也の部屋を訪れる用件を得た深雪は、嬉しそうに祝勝会会場から移動したのだった。
部屋にやって来た深雪の用件を聞いて、達也は呆れ気味に深雪を見た。
「そんな用件でこんな遅くに訪ねて来たのか?」
「申し訳ありません」
「……満面の笑みで謝られてもな」
微塵も悪いとは思って無い妹を見て、達也はため息を吐いた。
「引き受けるのは構わないが、返事は如何するんだ? 深雪が伝えに行くのか?」
「いえ、会長たちの中では、お兄様がサブを務められるのは決定してるようでしたので、わざわざ伝えに行く必要はありません」
「………」
自分が拒否したら如何するつもりだったのかが気になったが、あえて試す事はしない達也だった。
「それじゃあ部屋まで送るよ」
「ですが、お兄様は作業中では?」
「これは玩具のようなものだ。実用性は殆ど無いから気にしなくていい。そんな事よりも今はお前が優先だ」
「お兄様……」
何故か頬を染めた妹を見て、また何か致命的にニュアンスがズレたと感じる達也……
「深雪も、お兄様が何よりも大切です!」
ズレに気付いても修正しようとしない達也も、世間的に見たらかなりズレているのかもしれない……
兄と妹で此処までニュアンスがズレるのも珍しい……