劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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嫉妬なのか? とりあえずそんなタイトルをつけました。


先輩エンジニアの嫉妬

 九校戦二日目、達也は一高天幕に居た。技術スタッフのブルゾンを着て……

 

「達也君、何だか不機嫌?」

 

「いえ、そう言う訳ではありませんが」

 

「慣れない?」

 

「まあ、違和感は拭えませんね」

 

 

 技術スタッフのブルゾンを着るのは発足式以来二回目、懇親会の時の一科のブレザーといい、達也は違和感を拭いきれてないのだ。

 

「ところで達也君」

 

「なんでしょう?」

 

「データはもう頭の中に入ったの?」

 

「ええまあ」

 

「全員分?」

 

「ええまあ」

 

 

 同じ言葉を使って短く返事をした達也を、真由美は目を丸くして見つめた。

 

「達也君ってホント凄いのね。それって瞬間記憶とか完全記憶じゃないの?」

 

「俺としては、こんなものよりか普通の魔法力が欲しかったですけどね」

 

 

 達也の返事を聞いた真由美は、何処か面白く無さそうに頬を膨らませている。

 

「……如何かしましたか?」

 

「受験生を前に贅沢な悩みね」

 

 

 両手を腰にあて、上目遣いで睨んでくる年上の女の子……達也は親指と中指でこめかみを押さえた。

 

「如何かしたの?」

 

「いえ……そろそろ試合が始まるんじゃないですか?」

 

「そうね、それじゃあ行きましょう」

 

「は?」

 

「だから、試合」

 

「ええ……」

 

 

 試合中は兎も角、試合が終わったらすぐに調整しなければいけない可能性だってあるのだから、エンジニアがコート脇に待機するのは当然だったのだが、達也はその事を失念していた。

 

「深雪さんはスタンド?」

 

 

 だからこの質問に答えるのは、達也には億劫に感じたのだ。何回も言ってるように、達也と深雪だって別行動をとるのだから……

 

「ピラーズ・ブレイクを見に行ってますよ」

 

「そうなの? 本当に別行動をする事もあるのね……」

 

「……そんなに何時も一緒に居るように見えます?」

 

 

 情けないように見えるよう、達也は表情を作った。その効果は絶大で、真由美は慌てながら何とか否定しようとする。

 

「そ、そんな事無いわよ! ほ、ほら、学校とかでは別行動してるのは知ってるし、何て言うか……そう! イメージよイメージ!」

 

「魔法師にとってイメージは現実そのものなんですが」

 

 

 達也が向けた視線に、真由美は見えない汗を流すのだった……だが、何故だかその視線を嫌なものだとは捉えていない真由美、自分でも不思議だったのか、首を傾げながら器用に達也から視線を逸らしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コートに着けばそんな視線も無くなり、真由美は羽織っていたクーラージャンパーを脱いだ。

 

「……その格好で出るんですか?」

 

「そうよ? 似合ってないかな?」

 

「……よくお似合いです」

 

「そう? フフ、ありがと」

 

 

 達也に褒められて上機嫌でストレッチを始めた真由美を、達也は確認の為にもう一度視線を向ける。

 テニスウェアとしか思えないポロシャツとスコート。機動性重視と言うよりもファッション性重視の格好だ。

 少しでも裾が捲くれたらアンダースコートが見えそうなくらい短いスコートは、激しい動きが必要なクラウド・ボールには不向きだと達也は思ったのだ。

 

「(こんな手足をむき出しでやる競技じゃなかったはずなんだが……この人なら何でもありなんだろうな)」

 

 

 真由美の圧倒的な魔法力があれば、格好など関係無いのだろうと自分を納得させ、達也は一つ頷いた。

 

「達也君、何だか馬鹿にされてるような気がするんだけど?」

 

「気のせいでは? ところでラケットは使わないのですか?」

 

 

 真由美の疑問を事務的に流し、達也は競技の話題を振る。

 

「私は何時もこのスタイルよ」

 

「CADは何を?」

 

 

 真由美は蟲惑的な笑みにも、達也は全く動じない。これくらいで動じるのなら、響子の誘惑にとっくに陥落してるだろう。

 

「特化型ですか……会長は普段汎用型をお使いですよね?」

 

「普段はね。どうせこれしか使わないしね」

 

「移動系魔法ですか? それとも逆加速の魔法です?」

 

「正解。『ダブル・バウンド』よ。ねえ達也君、ちょっと背中を押してくれない?」

 

 

 ストレッチの手伝いを頼まれ、達也は真由美の背中を押す。絶妙な力加減で押された真由美は、途中で止まる事無く床に胸をつけた。

 

「う~ん、もういいわよ」

 

 

 一通りのストレッチを終えた真由美が、座ったまま伸びをした。達也はそれを眺めていたのだが、何故だか此方を向いて手を伸ばしている真由美が、不機嫌そうに頬を膨らませた。それを見た達也は、何を求められていたのかを理解して真由美の腕を引っ張る。

 

「ほっと。ありがと」

 

「いえ」

 

「何だか新鮮だな~」

 

「は?」

 

 

 また何か企んでるのではないかと警戒する達也に、真由美は違うと言いたげに笑顔を向けた。

 

「私って兄と妹は居るけど、弟って居ないのよね~」

 

「それは存じてますが」

 

「達也君ってさぁ、私の事特別扱いしないでしょ?」

 

「特に馴れ馴れしくしてるつもりはありませんが」

 

「だって、他の男子は、妙に構えたりオドオドしたりそわそわするのよね~。でも達也君は一応敬語は使ってくれてるけど、そんな事ないでしょ?」

 

 

 構えるのは兎も角、あとの二つは真由美がワザとさせてるのではないかと達也は考えてるのだが、そんな事は口には出さない。

 

「容赦無いけどね。かと言って冷たいのかなーと思えばこんな風に我が侭も聞いてくれるし、弟ってこんな感じなのかなーって思ったのよ」

 

 

 真由美を見て、「こんな姉が居たら疲れるだろうな」と思った達也だが、口にしたのは別の事、自爆をするような可愛い性格では無いのだ。

 

「さあ? 俺も妹だけですから」

 

「それもそうね」

 

 

 いい加減真由美の相手をするのにも疲れてきたので、達也は逃走を図ろうとした。

 

「スミマセン、他の選手も見ておきたいので」

 

「その必要は無いわ」

 

 

 だが、達也の逃走計画は第三者の手によって阻まれた。

 

「あら、イスミんじゃない」

 

「七草……その呼び方は止めろ」

 

「じゃあリカちゃんが良い?」

 

「アンタって人は……もうイスミんで良いわよ」

 

 

 達也と同じブルゾンを羽織った三年生女子、和泉理佳は達也の力を借りるのにかなりの抵抗を覚えているエリート的な考えの持ち主だ。二科生である達也の力を借りるのは、彼女のエリートとしてのプライドが許さない。だから彼女は真由美の試合のみを達也に任せ、残りは自分一人で引き受けると言ってその場から居なくなった。

 和泉が居なくなってから、真由美は一応のフォローを入れておくことにした。

 

「悪い子じゃ無いんだけどね……」

 

「元々俺を認めてない人の方が多いんですから」

 

 

 だから気にするなと言う意味で言ったのだが、真由美は達也が慰めてくれたと気付かずに俯いてしまう。これから試合だと言うのに、このテンションではいくら真由美が高校生レベルを超えた魔法師とは言え負けてしまうかもしれない。そう思った達也は彼女の頭を軽く撫でる。

 

「ほえ?」

 

「落ち込んでる場合ではありませんので、これで我慢して下さい」

 

「う、うん……頑張る」

 

 

 何故撫でられたのか? 何故達也はこんなに優しくしてくれるのか? 色々と頭の中でグルグルと思考が巡ったが、とりあえずさっきまでの落ち込みは無くなった真由美だったのだ。




100話が見えてきましたね……

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