沖縄ではあまり達也に会えなかったからという理由で、響子は今司波家で生活をしている。もちろん、達也と同じ部屋で、深雪や水波からのプレッシャーにも見事に対応している。
「藤林さんは、まだ事件の事後処理とかが残っているのではありませんか?」
「そっちは私の仕事じゃないもの。私の仕事は、敵の情報を集めたり、敵の通信を傍受したりだからね。事後処理は上の仕事よ」
「ですが、情報を纏めたりするのも藤林様のお仕事なのではありませんか?」
「隊長が代わってくれたのよ。沖縄で達也くんに甘えたいのを我慢してたのがバレてたみたいで、余りにもそわそわしてたのかしらね、私は」
どう思う、と視線で問われ、深雪も水波もどう答えたものかと窮してしまった。
「それに、達也くんがいても構わないって言ってくれたし、達也くんの決定に逆らう事はしないでしょ?」
自分たちが達也の命令に逆らえない――逆らわないと分かっての質問に、深雪と水波は悔しそうに響子から視線を逸らした。
「達也様が許可していますので、滞在に関しては何も言いませんが、節度を持って生活してください」
「大丈夫よ。私は他の子と違っていきなり達也くんを襲うなんて考えないし、襲ったところで返り討ちにされるって知ってるから」
達也の事情を中途半端にしか知らない人間なら、達也の得意魔法でやられるか、格闘術でやられるかのどちらかだと思うかもしれないが、深雪と水波は達也の事情を完全に知っているので勘違いしようがなかった。
「まぁ、こんなところで達也くんの魔法を使わせるわけにもいかないけど」
「当然です。こんな町中であの魔法を使えば、達也様だってただではすみませんからね」
「まぁ、サード・アイが無いから使えないしね」
「随分と物騒な事を話してるんですね」
「おかえり、達也くん」
「申し訳ありません、達也様。出迎えもせず……」
「気にするな。水波もそんなに恐縮する必要は無い」
所要で席を外していた達也が戻ってきたので、響子は普段通りに、深雪と水波は出迎えをしなかった事を申し訳なさそうにしながら達也に視線を向けた。
「どんな流れでマテリアルバーストの話題に?」
「達也くんを襲おうとしても、逆にやられちゃうってところから?」
「その程度で戦略級魔法を放つわけないじゃないですか」
「そうだけどね。私たちは達也くんの事情をほぼすべて知っているわけだからさ」
「達也さま、コーヒーと紅茶、どちらに致しますか?」
「それじゃあ紅茶を貰おうか」
「かしこまりました」
居心地の悪さを感じ始めていた水波は、そそくさとキッチンに引っ込んで紅茶の用意を始める。先を越された深雪は、恨みがましい視線を水波に向けていたが、すぐに無意味だと考えなおし視線を達也に戻した。
「叔母様にはご連絡ついたのでしょうか?」
「いや、代理で来た葉山さんに事情は話しておいた。どうやら母上は今スポンサー様に呼び出されているらしい」
「スポンサーって、東道青波よね? 何で今更青波入道が?」
「その辺りは分かりませんが、何か企んでいるのかもしれませんね」
「達也様の自由を奪おうものなら、例えスポンサーであろうが容赦しません」
特に何かを強要されたわけでもないのに、深雪は青波入道に敵意を向ける。その態度に達也と響子は苦笑いを浮かべながら、深雪を宥めるためにアイコンタクトを交わし合った。
「ところで達也くん。今度の新入生主席は女の子なんでしょ? また無自覚に惚れられちゃうんじゃない?」
「相手は三矢家のご令嬢ですよ? 俺以上の男性など近くに沢山いたでしょうし、どうやらお付きの男の子が気になっているらしいですし、気にしなくてもいいのでは?」
「何処で調べたのかしら?」
「他家の情報を調べるのも、四葉家の執事の仕事らしいですので」
「なるほどね。でも、一個だけ訂正させて。達也くん以上の男性なんて、めったにいるものじゃないわよ」
「その通りです! 達也様と比べれば、他の男性など路傍の石に等しいです!」
「それは言い過ぎじゃないか?」
あまりにも熱がこもっている深雪に、達也は一歩引いて答える。だが、どうやらこの場では自分が少数派であると思い知らされるのだった。
「深雪様の言う通りでございます。達也さま以上の男性など、私は会った事がありません」
「私もかな。深雪さんや水波ちゃんより長く生きてるけど、達也くん以上に素敵な男性には会った事がないかもしれないわね」
「亡くなられた婚約者の方は、そうではなかったのですか?」
「いなくなってから好きだったって気づいたくらいだから、たぶん違ったんじゃないかな。現に、達也くんと一緒にいると胸が苦しくなったり、抱きつきたいって衝動に駆られるけど、あの人と一緒にいた時はそんなことなかったもの」
沖縄侵攻の際に亡くなった響子の幼馴染の話題になると、深雪と水波は沈鬱な表情を浮かべて口を噤んだ。その話題に触れて良いのは、似たような思いを抱えた達也だけだと彼女たちの中で勝手に決められており、自分たちがおいそれと口を挿んではいけないと決めているのだった。
「そんな顔しないで。今はもう達也くんがいてくれるから大丈夫よ」
「あまり気にし過ぎも良くないぞ。深雪だって、穂波さんをあの事件で亡くしたんだから、似たようなものだろ」
「そう…ですね……」
歯切れの悪い返事しか出来なかった深雪は、達也と響子に一礼して自室に逃げ帰ったのだった。
「まだ受け入れられないのかしらね」
「受け入れているとは思いますが、思い出してしまったのかもしれませんね」
深雪は優しいですから、と視線で伝え、達也は水波にも部屋に戻るよう命じたのだった。
いろいろと知ってる人は話が作りやすくて楽ですね