リビングでお茶を済ませた響子は、達也を連れて達也の部屋を目指した。大人の余裕で深雪の視線を跳ね返してはいるが、さすがに水波が可哀想だと思っての事だ。決して深雪から逃げ出したわけではない。
「相変わらず深雪さんは他の婚約者にも厳しいわね」
「ずっと二人きりでしたから、この家に他の婚約者が来ると特にですね」
「もう深雪さんだけの達也くんじゃないんだから、そろそろ兄離れしてもらいたいわね」
「その表現が適切かは兎も角、深雪が俺から離れる事は無さそうですね」
響子もそんなことはあり得ないと思っているので、達也の言葉に苦笑いを浮かべただけで話題を変えた。
「沖縄では大変だったそうね」
「敵はそれほどでもなかったのですが、中佐がわざと一高OBを戦闘に招き入れた所為で、いろいろと面倒でしたね」
「公式的にはあの海域で戦闘行為は無かったことになってるからね」
公式に戦闘が為されていないとされている海域に軍属の人間が割り込むわけにはいかないので、風間は達也の文句も不満もすべて無視したのだ。
「達也くんが四葉を継いで、私が結婚したら独立魔装大隊から二人減っちゃうから、早めに目ぼしい人材の実力を見ておきたかったんだと思うけどね」
「やり方というものがあると思うのですがね……あの後服部先輩たちは壬生先輩と三十野先輩にこっ酷く怒られてたそうですし」
「まぁ、スーツ姿のまま海水に落っこちたら怒られるのも仕方ないかもね」
「笑い事ではないと思うのですが」
「だって、その光景を思い浮かべたらおかしかったのよ。ついさっきまで果敢に戦っていた男の子が、女の子に怒られて小さくなっている姿を想像したらね」
「桐原先輩は特に、でしょうけどね」
恋人である巴と、いろいろと頭が上がらない紗耶香に怒られて、桐原は服部と沢木以上に小さくなっていたのだろうと達也も容易に想像が出来た。
「それにしても達也くんの周りには面白い子が沢山いるのね」
「面白いで済ませられる範囲ではないと思うのですが」
「所詮他人事だから言えるのかもね。私がその中心にいたら、きっと達也くんと同じ反応をしたかもしれないわ」
「分かってるなら、その面白がっている顔をどうにかしてくれませんかね?」
言葉だけなら達也に同情している風にも聞こえるが、響子の表情が面白がっている事を隠せていない。達也は京子の表情を見て、心底疲れ切った表情でため息を吐いたのだった。
「まぁまぁ、そんな顔してると余計に老けて見えるわよ?」
「幾つに見られようが気にしませんがね」
「そうなの? 十文字家の頭領は気にしてる様子だったけど」
「十文字先輩ですか? 七草先輩曰く、あの人は意外とメンタルが弱いらしいですからね」
もちろん、肉体に比べたらだが、克人は表情や見た目を指摘されると結構脆いと真由美が言っていたのを小耳にはさんだのだ。
「まぁ、あの年代の男の子が老けてるとか言われたらショックよね、普通は」
「何故『普通』を強調したのかはあえて指摘しませんが、十文字先輩はそういう事を気にするようには思えなかったのですがね」
「どっしりしてる分、近しい子に言われたら余計にショックなんじゃない? 達也くんだって、深雪さんに言われたら気になるでしょ?」
「あまり気にしないと思いますがね」
深雪がそんなことを言うはずもないだろうと思っているのもあるが、達也にそういう事を気にする感情は残されていないのだ。
「気にすると言えば、達也くんはもう吹っ切れたのかしら?」
「何のことです?」
「沖縄侵攻の際に、達也くんも近しい人を亡くした訳じゃない? パーティーの時にも聞いたけど、達也くんはもう完全に吹っ切れてるのかなと思って」
「響子さんと一緒で、完全には吹っ切れていないのだとは思いますが、無理して忘れる必要は無いと思ってますよ」
「どうして?」
「無理して吹っ切る必要がないからですよ。別にその人の事を忘れなきゃ、他の人を気にしちゃいけないわけではないのですし、その人との思い出は、しっかりと自分の中に取っておくべきだと思いましてね」
「無理して吹っ切る必要は無い、か……確かにそうかもね」
達也の言葉を反芻して、響子は納得したように頷く。前々から幼馴染の事を考える時間は減ってきているとは思っていたが、これで漸く一区切りつけられそうだという頷きだ。
「やっぱり達也くんって私と同年代なんじゃない? とても高校生が考えるような事じゃないと思うけど」
「年齢ではなく経験ですからね、こういうのは。家や軍で普通では経験出来ないことを経験してきましたから、考え方もそれに準じているのだと思います」
「それ以外にも、達也くんが大人びている理由はあると思うけどね。まぁ、そのお陰でこうして私も一区切りつけられたわけだし、必ずしも悪い事ではないと思うけどね」
「俺がとやかく言わなくても、響子さんなら自分で区切りをつけられたと思いますがね」
「そんな事ないわよ。こうして達也くんが側にいてくれるお陰で、彼の事を思い出す時間が短くなってきてるんだからね」
「そうですか。それでしたら、なるべく側にいた方が良いのかもしれませんね」
達也は水波と顔を合わせると時々穂波の事を思い出すが、前ほど自分の無力さを痛感する事も無くなってきた。それは響子と同じように、他の人に意識を割けるようになったからだろうと、達也はそんなことを思っていたのだった。
過去を引きずり過ぎるのも問題ですが、バッサリ忘れられるのも酷い気も……