沖縄ではあまりのんびり出来なかったが、それなりに楽しめたと深雪は思っている。思いがけない誕生日プレゼントを達也から貰い、寝ていたとはいえ達也と同じ部屋で過ごした時間は、深雪にとって何物にも代えがたい思い出となったのだ。
「達也さま、すぐにコーヒーをお持ちします」
「いや、急がなくていい。先に深雪の荷解きを手伝ってやれ」
「かしこまりました」
自宅へと戻ってきてすぐ、達也は水波にそう命じて自分は部屋にこもってしまった。深雪としては自分の荷物よりも先に達也の荷解きを手伝いたかったのだが、先手を打たれた形となってしまったのだった。
「深雪様、お手伝いいたします」
「そうね、お願いするわ」
深雪としては、自分一人で十分なのだが、達也から命じられた水波が自分の言う事を聞くとは思えなかったので、素直に水波に手伝ってもらう事にした。
「水波ちゃんは、今回の沖縄行きはどうだった?」
「それなりに疲れましたが、ガーディアンとしての経験を積めたことは良かったと思います」
「そういう事で聞いたんじゃないんだけど……」
水波が仕事熱心なのは知っているので、深雪は苦笑いを浮かべただけでそれ以上質問を重ねる事はしなかった。無駄な事で時間を割くよりも、早く荷解きを済ませて達也の世話をした方が有意義だと思ったのだろう。
「深雪様はお疲れではございませんか?」
「この程度は大丈夫よ。私は達也様みたいに実際に敵とまみえたわけではないのだから」
オーストラリア軍の二人とは対峙したが、あの程度で深雪が疲れるわけも無いし、実際に戦闘行為があったわけでもないのだ。ただ一方的に凍らせただけ、それが深雪とオーストラリア軍の二人の間にあった戦闘の瞬間だ。
「さて、荷解きは終わったから、夕食の準備でも始めましょうか。水波ちゃんも手伝ってくれるわよね?」
「もちろんです。むしろ深雪様にはお休みいただいて、私一人で用意しましょうか?」
「それは出来ないわね。達也様のお世話は何物にも代えがたい時間だから」
「そうですか……深雪様には達也さまのお隣でゆっくりとお休みいただこうと思っていたのですが」
水波の提案に、深雪の心が揺らぐ。確かに達也の世話は何物にも代えがたいが、達也の隣でゆっくり出来るというなら話は別なのだ。
「達也様の隣で?」
「はい」
「誰にも邪魔をされずに?」
「この家には私以外に誰もいませんので。深雪様の邪魔をする人はいません」
「……悪くないわね」
沖縄でもゆっくり出来る時間はあったが、達也と二人きりというわけにもいかなかった。まず部屋が別々だったのに加えて、雫とほのか、紗耶香もいたのであまりべったりだと後々文句を言われるかもしれないと思って自重していた節があったのだ。
だが今は完全に達也と二人きり。水波は夕食の用意でキッチンに篭るので、達也と深雪の間を邪魔する人間はいないのだ。
「それじゃあ、水波ちゃんにお願いするわね」
「かしこまりました。紅茶とコーヒー、どちらをご用意しますか?」
「達也様にはコーヒーを。私は紅茶で構わないわ」
「承知いたしました」
深雪に一礼して水波はキッチンへと向かう。深雪は達也がリビングに来るだろうと見越して、大人しくソファに腰を下ろしたのだった。
二人に遅れる事少し、達也もリビングへ顔を出し、深雪が座っているすぐ隣に腰を下ろした。普段なら正面に座るのだが、深雪の何かを訴える目を見て、何時もとは違う場所に腰を下ろしたのだ。
「達也様、今回もお疲れ様でした」
「深雪もご苦労だったな。あの二人を簡単に捕らえられたのは深雪のお陰だ」
「達也様の秘術のお陰です。私一人ではもう少し苦戦した事でしょう」
「鬼門遁甲があったお陰で、オゾンサークルは発動しなかったから、ゲートキーパーはあまり意味は無かったがな」
「ですが、鬼門遁甲だけでは安心出来ませんでした。深雪が緊張することなく敵と対峙出来たのは、やはり達也様の秘術のお陰です」
甘えるように身をすり寄せて達也の功績をたたえる深雪に、達也も彼女の功績をたたえるように頭を撫でる。子供扱いされているようで不満な表情を浮かべていた深雪ではあったが、次第にその不満も消えていった。
「そういえば達也様、戦闘中に沢木先輩たちが乱入してきたとか」
「随分とノリノリだったな。まぁ、沢木先輩と桐原先輩は兎も角として、まさか服部先輩までノリノリでやってくるとは思わなかった。しかもスーツ姿のままで」
「あの後こっ酷く怒られたそうですね。中条先輩が魔法で何とかしてくれたそうですけど」
「その所為で独立魔装大隊の中で中条先輩を欲しがる声が上がっているようだ」
「中条先輩を? ですが、先輩の得意分野は戦闘向きではないと思いますが」
「精密な魔法を、あれだけ素早く発動する事が出来るのだからという理由らしいが、実際はマスコット的な存在としてほしがっているのかもしれないな」
「まぁ中条先輩ですからね」
あずさの仕草ならそういった方面でも納得が出来たのか、深雪はくすくすと笑いだす。
「明日は生徒会の仕事があるから、今日はゆっくり休むんだぞ」
「達也様こそ、深雪より忙しかったのですから、今日はゆっくりとお休みくださいませ。なんでしたら、深雪が側で達也様を癒して差し上げましょうか?」
深雪は達也に叱られるかもしれないと思いつつもそんな提案をする。達也は少し考えてから、たまにならいいだろうという事で深雪の提案を受け入れたのだった。
彼女から枷を取っ払うと大変な事になりますからね……